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スキキライ  作者: 千秋
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第二章 「マルチメディア同好会」

 恐る恐る声のした方向に視線を向けると、そこには確かに女子生徒が堂々と男子トイレに侵入していた。


「えっと、ここ男子トイレなんだけど」

「ええ、知ってるわ」

「じゃあなんで男子トイレに女子生徒であるあなたが入ってきてるのさ、まったく」

「今は清掃中でしょ? なら問題ないわ」

「いや、そういう問題じゃ……」


 なんて話の通じない人なんだろう。


「僕に用事かなんか?」

「ええ」

「それなら今廊下に出るから、一先ず外出て」

「あなたがそういうならそうするわ」


 よくわからないけど、素直に従ってくれた。


「それで、用事って何? 先に言っておくけど、ケーキ屋には行かないからね」

「私も先に言っておくわ。私は三年よ」

「うっ」


 まさかの先輩だった。ブレザーについてる校章のカラーで学年の判別ができるのだが、夏服の季節で普通のワイシャツのせいもあって今は制服じゃ学年が見分けられない。


「……何の用事ですか?」

「よろしい。そうね、単刀直入に言うと、あなたを勧誘しにきたの」

「勧誘?」

「そう。立ち話もなんだから、部室に行きましょ」

「結構です」


 具体的な目的は愚か名前すら述べない人間に、しかも女にホイホイついて行ってたまるか。


「融通の利かない男ね」

「得体の知れない人の誘いに返事一つで乗るとでも思ったんですか」

「部室に着いたら色々話すわ。とにかく、着いてきなさい」


 部室――つまり何かの部活。勧誘と言うのはつまり部活の部員確保ということだろう。

 しかし、今の時期に部員確保とは如何なものか。


 やはり怪しい。


「断る、と言ったら?」


 ここは無駄な係わりを避けるに限る。


「断ることを断るわ」

「理不尽なことを……」

「いいから、着いてきなさい」


 埒が明かない。


「仕方ないですね。行くだけですよ」


 ここは一先ず相手の言う事に従っておこう。その後の行動はその時に判断すればいい。



 突然の先輩女子生徒に連れられて来たのは、先程のトイレのある三階の廊下の一番端にある小さな教室だった。


「中に入って」


 先輩の導きで教室の中に入る。

 そこにはゲームやパソコン、書斎やソファといったものが置いてあり、まるで日頃生活している自室のような空間が広がっていた。

 まさかこんな贅沢なことしてる部活があったとは。


「ようこそ、マルチメディア同好会へ」

「マルチメディア……同好会」


 そういえばそんな部活があった気がする。興味なかったから覚えてないけど。


「そこの椅子に座って。説明するわ」


 そう言いながら僕をここに連れてきた張本人は向かいの椅子に座った。


「まずは自己紹介ね。私は長田久美。このマルチメディア同好会の会長よ」


 ん? 長田? 聞いたことあるような苗字だけど……

 あ、長田さんと同じだ。もしかしたら長田さんのお姉さんかな。

 いや、確証はないし別人と見た方が良さそうだな。


「はぁ、これって僕も名乗っておいた方がいいですよね」

「あなたの事は知ってるわ。たしか……東海林とうかいりん祐一、だったわね」

東海林しょうじです!」


 確かに「とうかいりん」とも読むけど、僕のは戸籍上「しょうじ」って読むから間違えてほしくない。


「どっちでもいいわ」

「……」


 早くも帰りたくなってきた。


「他にあと三人部員がいるけどこれから来るはずだから後回しにして、ここの活動内容を説明するわよ」

「ちょっと待ってください」

「なにかしら」

「いきなりそのマルチメディア同好会の説明してきてますけど、先に僕をここに連れてきた理由を説明してください。それがわからないと僕はどうしようもないですよ」

「そう焦らないの。順を追って説明してるから」

「そう言われましても――」


 僕の抗議は豪快に開けられたドアの摩擦音とそのドアを開けた人物の声によって遮られてしまった。


「チーッス! 浜崎花梨! ただいま到着しやしたー!」


 また女か……


「お、そこにいる男は新入部員っスか!?」

「ええ、そんなところよ」


 え!?


「ちょっと待ってください!」


 どうしていつのまにか新入部員扱いされてるんだ!


「僕はまだ部員になってませんし、なるとも言ってませんよ!」

「似たようなものじゃない」

「全然違いますよ!」


 なんか疲れてきた……


「まあいいっス。どのみち、この部屋に入ってしまった時点でタダで帰すわけにはいかないっスから!」


 僕は思いっきり長田先輩の方を見て睨んだ。

 当の本人は涼しい顔で気にも留めていない様子。

 ハメられた……のか?


 そのとき、入口から見て部屋の奥にあった怪しい段ボールが突然ゴソゴソ動き出し、次の瞬間勢いよく上面が開いて中からコスプレのような恰好をした人が飛び出してきた。


「ハッハッハ! 我は天神の一角にして、最強の剣を持つ黄金の戦士バギ・ザルザである! さぁ我と争う命知らずの阿呆共は出てくるのだ!」


 ちゃんと剣まで作ってある辺り生粋のコスプレイヤーなのだろう。素晴らしい、うん。

 この流れでスルーするのもかわいそうだし、一応声かけておこうか。


「えっと、君もここの部員かな?」

「ほぉ、お主が我と剣を交えんとする猛者か? 気概だけは認めてやろう! さぁ、かかってくるがいい!」


 さっきから口にするセリフは男らしいものだけど、それを口にする人物が変声期を迎える前の男の子のような声色で言うものだから中々にシュール。

 きっと、そういった男らしいセリフが似合う男になりなかったんだろうな、この男子は。


「はいはい、そういう男前な人間に憧れているのはわかったから」


 そういって僕はその人物の頭を撫でようと手を伸ばす。

 瞬間僕の手が払い除けられる。


「触るな! 何の能力も持たない超平凡でダメダメな三次元の男にオレサマを触る資格はない!」


 お、怒られちゃった。


「えっと……」


 かなり真剣に僕を睨んでるところを見ると、今のが素の自分のようだ。一人称オレサマって。


「お前、殺されたいのか?」


 相手が剣を僕の喉元に突きつける。作り物とはいえ喉を突かれたら痛いじゃ済まない。

 でも、本物ならいざ知らず、作り物なら掴んでしまえばいいだけ。


「これは無闇に人を傷つけるものじゃないからね。危ないから」


 意表を突かれた様子の相手を見て、僕は掴んだまま剣を引っ張り没収することに成功した。


「っ、返せ!」

「じゃあまずは僕の問いかけを無視したことと人に危ないものを突き付けたことを謝ってくれる?」

「なんでオレサマがそんなことしなくちゃいけないんだ! いいから返せ!」

「じゃあ返さない」

「っ~!」


 僕と二回りも小さい男子は上に伸ばした手まで届く手段がなく悔しそうに僕を睨んでいた。


 しばらく黙って相手の行動を伺っていたが、思いっきり歪んだ顔で睨むのを止めてくれないため、仕方なく僕が折れることにした。


「……はぁ、コスプレが好きなのは分かったから。とりあえず君の事教えてよ。僕は東海林祐一。二年生だ」


 相手が男子生徒なだけあって他の二人より幾分話しかけやすくて助かった。


「……遠山雪光」

「雪光か。かっこいい名前じゃないか。いや、同じ男としてそういう名前は憧れるよ」


 純粋な感想を述べたつもりだったが、


「お前、殺されたいのか?」


 二度目の殺意を向けられてしまった。しかも今度は本気っぽい。


「え、えっと、僕何かまずいこと言ったかな?」

「オレサマのどこを見たら男に見えるんだ」

「いやどこもなにも、見てくれが男に見えるとしか」

「オレサマは女だ! この無礼者が!」

「えっ」


 お、女ぁ!?


「お前、今疑ったな?」

「い、いやぁ、その、あはは」

「殺す! 絶対殺す!」


 先程返却したばかりの作り物の剣を手に僕を襲いにかかってきた。


「わっ! 待ってそんな危ないもの振っちゃ」

「うるさい! 黙って散れ!」


 僕はこれを逃げるチャンスと捉えた。

 この雪光から逃げる体で教室から出てしまえばあとはどうにでもなる。幸い鞄は逃走進路上で拾える場所に置いてある。


「ご、ごめんなさ~い!」


 明らかに素っ頓狂な声を上げながら教室の扉までダッシュ。首尾よく鞄を拾いながら教室から脱出することに成功した。


 しかし、そう物事は上手くいかないものであり――


 教室内の様子、もっと具体的に言えば追いかけて来る雪光を注視しながら教室を出たせいか、廊下の様子など気にかけずにそのままダッシュしてしまった。

 結果、偶然そこを歩いていた誰かにぶつかってしまった。僕も相手も進行方向と反対に倒れる。


「……ハハッ」


 どれだけ偶然に偶然を重ねればこんなことになるんだろうか。


「東海林……君……」


 僕とぶつかったのは先刻係わらないでと言ったばかりの当本人であった。


「ふん、ちゃんと前見て走らないからこんなのことに……って七瀬先輩!」


 一部始終を見ていた様子の雪光が長田さんを見た途端いきなり驚いたように名前を叫んでいた。


「ようやく来たわね」


 教室から長田先輩が出てきた。


「ようやくって、なにがですか?」


 明らかに長田さんを見て言っているので、気になって僕は聞いてしまった。







「マルチメディア同好会の、四人目の部員よ」


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