童話の森-2
あれから女の人は水中に消え、まるで何事も無かったかの様に辺りは静寂に包まれた。金の斧と銀の斧だけが事実を証明するかの如く煌いていた。
今になって冷静に考えるとあれはきっと池の精霊だろう。
なんでおれに斧をくれたのかは皆目検討もつかないが、
貰っておいて損はないだろう。
この二つの斧は意外にも軽く、
プラスチックかなにかで出来ているんじゃなかろうかと疑う程だった。
とはいえ犬の姿だし、手に持つことはできない。しょうがないので
背中に背負うことにした。
傍から見るとたぶんすごくカッコイイだろう。
おれは森の中を自慢げに颯爽と歩いた。暫く歩いているとなにやら甘い香りが
漂ってきた。これは間違いない、お菓子の匂いだ。
涎を垂らしながらその匂いの元をたどって行くと、小さな家を発見した。
森の中にポツンと建ってる割にはやけにカラフルな色合いをしている。
よく見れば家そのものがお菓子で出来ていた。
「よくもまあこんな……普通ならこんな森の中にこんなものがあれば虫の恰好の餌場だろうに」
と、ファンタジーらしからぬ発言をしてしまったが、だれも聞いていないだろう。
ここはそんなことは気にせずにむしゃぶりつく所だ!
「おっと、犬にチョコレートはたしか毒だったな……」
チョコレートは好きだが犬が食べてはいけない事くらい知っている。
仕方なく家の周りの生クリームでできた飾りをペロペロ舐めた。
「!?」
おれは口の中の生クリームを吐き出した。
「うっわなんだこれまずっ!」
生クリームをどう作ったらこんなにまずくなるのか逆に教えてもらいたい程に
究極に不味かった。その時家の中から人間の女の子が出てきた。
「あら?かわいいわんちゃんこんにちは。おなかがすいてるの?この家でよければ
いくらでも食べていっていいわよ」
幼い容姿と共にもう一つ決定的な第一印象を受けた。
ブラウス、ベスト、ロングスカート、靴、マントにとんがり帽子全てが黒で統一されていた。
「魔女だろ?」
「ギクッ!!なぜわかったしぃ!」
魔女は信じられないという顔をしている
「服装が私は魔女ですって言ってるようなもんだ。」
魔女は自分の服装を見回している。しかし、落ち着きを取り戻したのか急に胸を張り出した。
「如何にも私は森の魔女!ここに兄妹が迷い込んで
来るのを今か今かと待ち構えているのです!」
「なんの目的で?」
「彼らはきっとこのお菓子の家を見てむしゃぶりつく事でしょう!
そこをとっ捕まえてやるのですよ!」
「なんで?」
「え?」
女の子はやたら不思議そうな顔をした。
「なんで捕まえるの?」
それが彼女の役割だから。たぶんそうなんだろうなとは思ったが聞いてみた。
「ふむぅ、わんちゃん、それは登山家に山に登る理由を聞いているようなもんだよ
そこに山があるから登る。私は魔女!人が来るから捕まえる!それ以上に理由は必要ない!!」
魔女を自負する女の子はすごいドヤ顔でそう言い放った
だめだこいつ……
「あのなぁそr……もごぉ!」
「しーっ!静かに……来た!」
おれは口を掴まれた。俺達はお菓子の家の中に潜んだ。
なぜおれまで隠れなきゃいけないのかわからないが……
家の中から外で楽しそうにキャッキャッウフフという楽しげな声が聞こえる。
「見てお兄ちゃん!美味しそうなお菓子の家だわぁ!」
「ほんとだ!おなかがぺこぺこだ!食べよう食べよう!」
どうやらお菓子の家を食べ始めたようだ。おれの隣に潜んでいる魔女はニヤニヤしている。
……だが!!!!
「ぐぁぁぁぁっ!なにこれくっそ不味い!!!腐敗したドブ川の泥を練り固めた様な不快極まりない味だっ」
「おえぇぇっ、おにいちゃん、こっちのチュロスも人生そのものを怨んでいるかのような憎悪の塊のような醜悪な味よっ!!」
「何をどうしたらこんなに不味いお菓子が出来上がるんだ!パティシエの顔を拝んでみたいよまったく!!帰ろうグレィテウィル。こんなものを食べた日には一日どす黒い気分になるよ!」
どうやら外にいた兄妹は悪態をつきながら去っていった。
たしかに生クリームであれだけ不味かったのだから、それ以外のお菓子がどれだけ
不味いかなんて考えたくもない。
ふと隣を見ると魔女がまるで受験に落ちた学生の様に唖然とした顔で膝から崩れ落ちうなだれていた。
魔女の影が濃くなっていくのがわかる!落ち込んでいる!明らかにっ!
「お、おい……大丈夫か?……味はどうあれ見た目は上出来だぞ?」
おれはいちをフォローを入れた。というかなぜこいつは落ち込むのだろう
将来パティシエールでも目指しているのだろうか。魔女のくせに。
「わだ、わだぢのおがぢがまず……不味ぃなんて……」
ヤバイ、こいつぎゃん泣きするぞ!かといって放置して立ち去るのも……
「お、おい、落ち着けって。練習すれば美味しく出来るようになるさ……
そうだ、おれはこれから北にあるカルミッチという街にいくんだが一緒にくるか?
街に行けば少しは有名なパティシエがいるかもしれない。教えてもらえばいいだろう?」
それを聞いて魔女の態度が一変した。
「それナイスアイディア!!料理の腕さえ上がれば、この森の魔女、最早怖いものなし!!!あ、わんちゃん、私シービー。よろしくね!」
「あ、あぁ、おれはいぬたま。よろしく……」
なんという切り替えの早さ。これがいわゆるスイッチング・ウィンバックというやつか!!
少女ながら侮れん森の魔女!
……たぶんただの馬鹿だけど……。
・森の魔女シービーが仲間?になった