使い魔
リーハが水面に触れると波紋が広がり、指先が離れてもその場所からは波紋が沸き続ける。
やがて、水面が持ち上がり波紋は外円にとどまりまるで額縁のようになる。
平らになった水面は何も映していないが、リーハは満足気に笑みを浮かべる。
「人間界に何か・・・・」
気になるものでもできたのか?
ただそれだけの呟きだったのだろう。
使い魔はただ主の意向に沿いたかっただけだ。
絶対の主にして自身の創造主であるリーハの為に有ること。
それだけが使い魔の存在意義であり理由だ。
だが、そんなものはリーハには関係ない。
自分のやることに対してたかがモノが口を出した。
それだけで不機嫌になる理由には十分だった。
城の空気が一瞬にして冷えた。
空間自体がリーハの感情に左右されるこの場所でリーハの感情は隠れることなど一切ない。
ここはリーハが感情のままに振舞うためにある場所で、抑えることなど不可能だからだ。
「もっ・・もうしわけ・・・」
主の怒りを感じた使い魔は慌ててその場で伏せた。
自分が主の前になど出ることは叶わない。
そんなことをすれば余計に不興を買うだけだ。
「よい」
謝罪すらも受け入れられず、遮られる。
「私は今機嫌がいい」
確かに楽しげではあるが、空気は変わらない。
「次に私が呼ぶまで立ち入るな」
使い魔の瞳に絶望が映る。
主のそばにいられない。それは使い魔にとって一番残酷なことだ。
それを知るからこそリーハも言うのだ。
「人間界にもだ、そうすれば行く場所は決めやすかろう」
確かに人間界に行けなければ使い魔には行けるところなどひとつしかない。
これ以上どう言い繕おうともますます不興を買うだけでしかない。
そんな事は理解している。
立ち去ろうとしているのに身体が動かないのだ。
そんなモノの行動を理解するリーハは不快気に吐き捨てる。
「消えんか」
使い魔のすぐ横に亀裂が走る。
この空間の外にしか通じていない扉だ。
そこまでされても動けずにいるモノにリーハはめんどくさくなった。
そんなモノよりも水鏡に映し出されるものの方が面白い。
「ルウ、消えろ」
先ほどまでの刺すような声でなく、まるで興味の無い声に、使い魔・ルウは溢れる喜びを押さえ切れなかった。
どんな理由であれ自身の名を主に呼ばれた。
それだけでルウに取っては望外の喜びになるのだから。
「失礼・・・いたします」
これ以上は過ぎたる望みであるとルウは心の底から思う。
どれほどこの城に居られないことがつらくとも。
どれほど主のそばに居られないことがつらくとも。
次に呼ばれる可能性があるだけでも、ほんのわずかに可能性があるだけでも。
今、名を呼んでもらえただけで、どれほどでも待っていられる。
自身の声など届かなかろうが、興味の一切をもたれていなかろうがそんなものは関係ない。
それがルウの主であるから。