梅雨の放課後
青春の一コマを切り抜いた、そんな小説です。
ちなみに、この小説は3000字以内という制限付で書いた物なので、気軽に読んでくださると嬉しいです
私は梅雨が嫌いだ。私の梅雨で嫌いなところはたくさんあるがその中でも、梅雨に降る雨――五月雨が嫌いだ。
小雨ならともかく、長い期間降る雨は、私の心を憂鬱にさせる。気持ちが沈んで、何もかもが面倒くさくなってしまう。
そんな雨が何日も続く五月雨は、私の天敵と言っても過言ではないだろう。
その私の嫌いな梅雨の放課後に、私は約一年間皆勤賞で通っている私立高校の玄関で、一人、佇んでいた。
外では私の天敵である、五月雨が地面を叩きつけるように降り注いでいる。
そして、なぜ私が玄関で一人で佇んでいるかと言うと、それは至極単純な理由で――傘を忘れたのだ。
「はぁ……天気予報の嘘つき……」
これだから梅雨は嫌いなのだ。私はこんなことがあると、イライラして、何もかもが面倒くさくなってしまう。
洗濯したばかりの制服も、最近買い換えたスクールバックも、何もかも無視して、考えることを放棄して、雨に中走り出したくなる。
「どうしようかなぁ……」
私はどうしようもないこの状況に為す術もなく、ぼうっと突っ立っていた。
すると、私の後ろから、唐突に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……何してんだ?」
私はその声に振り向くと、そこには幼稚園の時から見慣れた顔である幼なじみの翔がいた。
「何って……別にあんたには関係ないでしょ」
私がぶっきらぼうにそう言うと、翔は少し笑みを浮かべて、こう言った。
「そっか、お前また傘忘れたんだな」
私はヘラヘラしながらそう言った翔に少しカチンと来たから、小さな声で、「うっさい、唐変木のくせに」と言ってやった。
しかし、案の定、翔は私の言葉が聞こえなかったらしく、徐に自分の鞄から小さ棒状の物を取り出した。
「それってもしかして……」
私が指を指してそう言うと、翔は見せびらかすようにして、こう言った。
「俺はお前と違って用意周到だからな、この時期はいつも持ち歩いてんだよ。折り畳み傘」
そう言った翔は折り畳み傘を左右に振りながら、嫌味ったらしくにやにやしていた。
「あんた……もしかして、それ見せびらかす為に話しかけたの?」
私が右の手で、軽く握り拳を作ってそう言うと、翔は少し顔を引き攣らせて、こう言った
「冗談だって……ほら、傘忘れたんだろ? 家まで送っていこうと思って話しかけたんだよ……」
いつも嫌味ったらしい翔の意外な言葉に、私はキョトンとして、こう言った。
「え? あんたが? ……珍しいわね」
私のその言葉に翔は軽い口調で「まぁ、困ったときは御互い様ってな」と言って、折り畳み傘を開きながら、玄関から出た。
「それじゃあ、さっさと行くか」
翔は振り向きざまにそう言って、右手に持っている傘を私が入れるように、半分開けてくれた。
私は少し戸惑いながらもその傘に濡れないよう小走りで入った。
「私が持とうか?」
私が傘を軽く掴んでそう言うと、翔は「いや、別にいいよ」と言って、ゆっくりと歩き出した。
私は傘から手を離し、その歩幅に合わせて、歩き出した。
しかし、翔と一緒に帰るのが久しぶりだった私は、話を切り出すタイミングが分からず、無言になってしまった。
しかも、翔もどうやら、話を切り出すタイミングが分からないようで、黙ってしまっていた。
その後、数分たっても無言のままだったから、私は均衡状態に痺れを切らして、唐突にこう言った。
「ねぇ、翔はさ、梅雨って好き?」
私の問いかけに、翔は少し戸惑いつつも、こう答えた。
「……まぁ、俺は好きだよ。梅雨」
私はその返答が少し意外で、すぐに、「え~、なんで?」と言った。
すると、翔は私のあからさまな反応に苦笑してから、普段あまり見ないような表情でこう言った。
「そうだな、しいて言えば――お前と初めて会った季節だから……かな」
その言葉に私は首を傾げた。
なんせ、翔と初めて会ったときの事を、私はあまり覚えていなかったからだ。
すると、翔は雰囲気で分かったのか、私と初めて会ったという日のことを話しだした。
「あの時はまだ小学一年生だったからな……覚えてるか? あの時もお前は、今日みたいに傘を忘れてたんだよ」
その話しを聞いて、私はやっと翔と初めて会った日のことを、少し、思い出した。
「あっ! 思い出した……たしかあの時、あんたから私に話しかけてきたのよね」
「そうそう、オロオロしてたお前をほっとけなくてな」
意地悪な笑みを浮かべてそう言った翔に私はむすっとした。
「まだ小さかったんだから、仕方ないでしょ……」
私はそう言った後、思い出したように気になっていたことを聞いた。
「で、なんでそれが梅雨が好きな理由になるの?」
「……お前、分からないのか?」
「分からないから聞いてるんでしょ」
呆れたような顔をしている翔にそう言うと、翔は軽く溜め息をついてから、いきなり立ち止まってこう言った。
「……俺が初めてお前と会ったあの時、お前に一目惚れしたからだよ」
その言葉で、一瞬、時間が止まったような気がした。
翔が何を言ったのか、理解するのに少し時間がかかった。
そして、やっと理解しつつも、何も言えずに立ち止まっている私に、翔は立て続けにこう言った。
「それでさ、俺、今までずっとお前に言えなかったことがあるから、今から言うよ」
その翔の言葉に私はつい、黙ってしまった。
もちろん翔が言いたいことは何となく分かっていた。
すると、翔は一度小さく深呼吸してから、私に向かって、こう言った。
「出会った時から、今日までずっと、そして、これからもお前のことが好きだ。付き合ってくれ」
翔の表情は何時にもまして真剣で、翔の両目は私の顔をじっと見つめて離さなかった。
そして、私は今まで、ずっと言えなかった言葉を、泣き出しそうになりながらも、なんとか笑顔を作って言った。
「……私も……翔のことが好きだったから……だから……ありがと、翔」
――その後、私たちは今まで言えなかったこととか、色々なことを話しながら、帰り道を共に歩いた。
空は相変わらずの雨雲だったが、それでも、さっきまでは鬱陶しかったこの雨も、今では私たちを祝福しているような気もしてくる。
――ついさっきまで、私は梅雨が嫌いだった。
――でも、翔と私を出会わせてくれて、こんなに幸せな時間を作ってくれた梅雨が、私は少し好きになったのだ。
最後まで見てくださってありがとうございます。もし時間があれば、感想などお願いします。




