カマルとハルゥの子供達がほのぼのと遊んでいる話
ニケの養子となったカマルは、普段伯爵家の屋敷――正確に言うならばその中の離れ――で暮らしている。ニケの籍に入ったカマルの籍自体は貴族なのだが、獣人という身ゆえに複雑な事情を抱えていた。獣人に対する蔑視が色濃く残る貴族階級で少しでもカマルが快適に過ごせるようにと心を砕くニケの意向で、カマルが屋敷の敷地の外に出ることはほとんどない。カマル本人が未だに初対面の人間に怯えを見せることもある。元々貴族の幼い子供が外に出ることは少ないが、カマルの場合はそれに輪をかけて少なかった。
しかし幼いカマルにそれは厳しいものがある。
そんなカマルの慰めとなるのは、義父の知己である薬屋を営む獣人・ハルゥの子である三つ子と共に遊ぶことだった。
「カマル、メェと庭いこー!」
「カマルはおれとモォといっしょにマァ兄に剣を教えてもらうんだよ!」
「そーだそーだ!」
「……」
賑やかな三つ子にわたわたと言葉もなくカマルは慌てる。口数の少ないカマルに対して三つ子は口も達者で、妙な遠慮もないせいかカマルは大抵三人に圧倒されてしまっている。
今日もそれは変わらずに、一緒に遊ぶことの少ないカマルの取り合いになった三つ子にどう対応していいのか分からず、ただオロオロと戸惑うだけだった。
「こないだは剣になったんだから、今日は庭!」
「「庭はべんきょーの時に行ったじゃん!」」
「薬草じゃないもんお花だもん!」
「「つまんねーって!!」」
「別にムゥとモォは来なくていいもん、カマルと一緒がいいんだもん!」
三つ子のうちムゥとモォは男で、メェだけが女であるものの一番気が強く、二対一という状況でも一歩も引くことなく兄弟に相対していた。
こういう時は大抵母であるハルゥか、三つ子の兄であるマァが仲裁に入ってくれるのだが生憎と二人ともその場にはいなかった。
なすすべもなくカマルが三つ子に翻弄されていると、不意に三つ子がピタリと言い争いを止めた。唐突なことにカマルが三人の顔を見やると、三人共が不敵に笑っている。――カマルは嫌な予感をひしひしと感じた。
「「「カマルに決めてもらおう!!!」」」
次の瞬間向けられた期待の眼差しに、カマルは反射的に一歩退いた。三人ともがカマルは自分の味方をしてくれるという期待に満ち溢れていて、どちらか一方を選ぶのは少々難しい状況だった。
しかし、カマルの意思はとうの昔に決まっていた。
「庭が、いい……」
その言葉を聞いた瞬間、メェは大きな瞳を輝かせ――残ったムゥとモォは不満そうに耳を立たせた。
どうして、と今にも問い詰めてきそうな二人に、カマルは慌てて口を開く。
「かかさまの好きなお花……あげたいから……けんは、こんどじゃだめ?」
こてん、と首を傾げたカマルに三つ子は顔を見合わせた。
『カマルのかかさま』であるニケのことは三つ子もよく知っていて、三つ子の家に来るたびにちょっとした手土産――主に庶民には手に入りにくい甘い物――をくれるニケには三つ子も懐いていた。
「ニケさんのためならしょーがないな!」
「うん!」
「いつもあまーいの、くれるもんな!」
「くれるもんな!」
剣をしたいと言っていたムゥとモォはそう言うと、二人でカマルの脇を固め庭の方へと歩き出す。置いていかれそうになったメェは仲間外れは嫌だとばかりにカマルの背中にしがみついた。
三つ子を纏わりつかせてふらふらと歩くカマルの頭には、花をあげたらニケが笑ってくれるかな、という一念のみであることを知るのは、誰もいなかった。