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近衛隊から見たニケ夫婦

近衛軍の練習場となっている場で、カンカンと模造剣のぶつかり合う音が響く。

兵士がぐるりと輪になったその中心に、音の発生源はあった。


「……次、」

「お願いします!」

「…………踏み込みが甘い、次」


一人また一人と、まるで演劇の中の一幕であるかのように兵士達が一人の男にいなされていく。

話には聞いていたが、初めて見るらしい新入りは横で唖然としていた。

近衛軍は軍の中でも精鋭とされるとこで、各部隊から優秀な兵士が集められる。

その練習場でこうも一方的な光景がみられるとは、といったところだろうと俺はあたりをつけた。


「――驚いてんな」

「そりゃあ……隊長からネグロペルラ近衛第一隊隊長はすごいぞ、とは聞いていましたけど……」

「そういやお前セラピア分隊長のとこからこっち来たんだっけか」

「庶民ばっかのとこから貴族様の多いとこ来たんで肩身狭いっすよ」


声をかければ新入りは目線を隊長から逸らさないままそう言った。

かつての俺を見ているようで、笑えてくる。


「生粋の貴族でバケモンみたいに強いのが隊長張ってるとこだからな。貴族だってなめられてきた奴等からすれば威張りたくもなるさ」

「…………実力があっても、子爵以上じゃなきゃ近衛隊隊長にはなれねぇっす」

「言うな……ま、その通りだが。あの『常勝将軍』も結婚前は軍の連隊隊長止まりだったって聞くしな。他にも身分のせいで這いあがれなかった奴、多い」


近衛軍ってのは精鋭なんて言っていても、その構成員は貴族中心になる。

国王陛下の側に仕える直属の軍だから、なんて理由のせいだ。

けど貴族以外にも当然実力ある兵士はいる。

ただ、相当な手柄を立てないと貴族以外の兵士が叙勲されて騎士になって近衛入り、なんてことは起こらない。しかも近衛隊隊長ともなれば名誉な位だから、子爵家以上の家格が必要になる。

新入りはおそらく男爵家かなにかの出身なんだろう。言い方は悪いかもしれないが、出世はここで止まる。

この先、出世は諦めて普通に軍で下の方の分隊の隊長やって退役、ってところだろう。

まぁ俺も似たようなもんだろうけど。


「ま、愚痴っても仕方ないことですよね」

「だな」

「……そういや、隊長っていつもこうして稽古つけてるんですか?」

「ん?あぁ」


変なことを聞く奴だな、と思いながらも俺は答えてやる。

お飾りの隊長職――例えば近衛第二隊やら第四隊のボンボン共――が多い近衛隊長の中で、うちの隊長は珍しく率先して動く人だ。

それを尊敬する騎士も多い。

この新入りもそのクチかと思って表情を窺ってみれば、どうも予想していたものと違う。

――てっきりキラキラ目を輝かせながら『俺、一生あの隊長に付いていきます!』とでも言うかと思っていたのだが、新入りは半眼になって胡乱げに隊長の方を見やっていた。


「どうした?」

「……いや、隊長としてはいい人だなって思うんすけどね、家庭持ってる身としては家にほとんど帰りもせずに宿舎に泊まりっぱなしってのはどうなんだろうと……」

「…………やけに突っ込んだ見方だな」


言われて見れば、確か隊長は二年前くらいに結婚したはずだが、それ以前に比べても特別に家という名の屋敷に帰る回数が増えたとかそういうことはない。

新婚と言われるような時期でもそうだったので、特に気にすることもなかったが――確かに独身のような生活っぷりだ。

これで遊んでいるわけでもなく、むしろ真面目に仕事だというのだから何とも言えないが。


俺が何と言ったらいいかと迷っているうちに横の新入りが愚痴り始める。


「折角ニケちゃんみたいな可愛い嫁さんもらったってのにあの噂のきつーい姑のいる屋敷にニケちゃんだけポツーンだなんて……ニケちゃんはくるくる働いて、さりげない気遣いもバッチリな……俺達下っ端騎士やら兵士の間でお嫁さんにしたい子第一位だったんっすよ……そんなニケちゃんを……」

「……『ニケちゃん』ってもしかして隊長の奥方か」

「そうっす。ついでに言っちゃうとニケちゃんってセラピア隊長の一人娘で」

「あー、それで知り合いなわけか」


話を聞いて合点がいった。

下っ端兵士や騎士の給料なんて微々たるもんだ。特に騎士は名誉職って見方のせいで、もともと持ってる貴族がなるもんだからって下手したら兵士より給料が低い。

セラピア隊長がそんなやつらの食いっぱぐれそうなのを家に招いて飯の世話してやってるってのは、下っ端の間じゃ有名な話だ。俺の同僚も世話になったことがあるらしい。

こいつもそのクチらしく、それで隊長の奥方を知ってるんだろう。


それにしても隊長の奥方にしては、その『ニケちゃん』とやらは身分が低い。

確かセラピア隊長自身は男爵位を持ってたはずだが、貴族とはいえ隊長の伯爵家に比べれば不釣り合いに思える。

よっぽど美人なんだろうか。

社交界やら貴族の間で美人といえばフーランジェ公爵家のヴィオレット姫が有名だ。憧れてる騎士も多い。

騎士になる時に心の主君、って『自分はその人に恥じぬような行いを心がけます』って誓いの相手に名前の上がることが多い貴族の美人どころを想像しつつ、新入りを促す。


「ニケちゃんはむさくるしい俺等に嫌な顔せず水とか出してくれて……時間あったら破れた服とかの裁縫とかもしてくれてたんす……」

「なに、美人なのか?」

「うーん、ちょっとそういうのとは違う感じ……あ、器量はいいんですけどね、ぱっと見て綺麗!って感じの女の子じゃないんすよ。なんかこう、家に帰って笑顔で出迎えて欲しい女の子っていうか」

「ふーん」


なかなか上手く想像が出来ない。

とりあえず『嫁さんにしたいような女の子』ってわけだ。

で、こいつはそんな『ニケちゃん』に密かに惚れてたかどうかしてたんだろう。

だから仕事ばっかで『ニケちゃん』をないがしろにしているように思える隊長を素直に尊敬出来ないと。


まだ若いのになかなか複雑な奴である。


そんな新入りに同情込みで、忠告をくれてやろう。


「……ま、中途半端な敬語、どうにかしとけよ」

「うぃー……了解しました」


――ついでに地獄耳だったらしい隊長が微妙に殺気発してるから、稽古つけてもらう時は死ぬ気で行っとけ。


俺まで目をつけられてはたまらないと内心だけでそう忠告して、ちっぽけな罪悪感をかき消して俺は空を仰いだ。


――男と女の関係なんて本人達以外分からないものだ。





End.


◆◆◆◆


『近衛隊から見たニケ夫婦』ということでとある近衛隊兵士の視点からお送りしました。


近衛はぐんとはまた別に独立しているとお考えください。

皇宮警察とSPが混じったような……上手い例えが見つからないのですが。


リクエストありがとうございました。


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