未来話のIFでニケと夫の間に子どもが生まれたら
真白い布に包まれた、ふっくらとした頬の我が子に、アルトゥーロは恐る恐る手を伸ばした。妻に似た深い翠の目に黒い影が映り込む。伸ばした指がまだ小さな指に触れれば、赤子はぎゅうと父の指を握りしめる。
息を飲んだその音が伝わったのか、赤子を腕に抱いていた妻がくすりと笑ったのが分かった。
「抱かれますか」
「……いや」
妻の問いかけにアルトゥーロは頷かなかった。今は大人しく自分の指を握りしめている我が子が実際泣き出せば最後、火のついたように疲れ果てるまで泣き止まないことを知っていたからだ。
自分が屋敷を空けていた間も、夜泣きがひどかったのだと妻が苦笑していたほどで、何度かその場面に遭遇したことがあるがそれはもう有事の時かと勘違いした時には妻が珍しいくらいに笑っていた。
男の子ですものこれくらい元気な方が安心です、と疲れた様子ながらも息子をあやす妻にはただただ頭の下がる思いだ。睡眠を削るわけにはいかないアルトゥーロのためにと、使用人がいるとはいえ出来るかぎり手元で育てたいのだと、主寝室から離れた部屋で息子の面倒を見る傍らあれこれと屋敷の差配をしなければならない妻の負担をアルトゥーロとしても軽くしてやりたいのだが、国王陛下の地方への行幸を控えたこの時期に城に詰めなければならないのもまた事実だった。
そんな父の胸中も知らず、赤子は母にあやされ上機嫌で声にならない声をあげている。男児は母に似るというが、この子の顔立ちはアルトゥーロの幼い頃にひどく似ているらしい。自分としてはそうかと別段感慨深く思うことはなかったのだが、それを聞いた妻が将来有望ですと笑うのには、少し胸が温かくなったものだ。
「今日は昼過ぎにカマルがこの子をあやしてくれていたのですけれど、この子ったら尻尾に夢中になっていて。それからずっと上機嫌なままでいるんです」
「そこはニケに似たか」
「あら」
くすくすと笑うニケに、子どももつられたのか目を細めて笑う。
まだ少年の域を出ない養い子だが、それでも随分と背が伸びて、もうアルトゥーロの肩に届きそうなほど成長した。ニケの腕で抱き上げられなくなったのはもうずっと前のことだろう。ほんの短い期間しか味わえなかった母の腕が恋しいのか、弟の誕生以来少し拗ねたようなそぶりこそ見せていた話を聞いて、そういうものなのかと思ったが、兄弟の多い妻にしてみればよくあることらしかった。生家にいる時はよく下の弟達を母に代わってあやしていたものですと手慣れた手つきで息子の世話を焼く姿を、アルトゥーロはこの世で一番慈愛に満ち溢れた光景だと思う。画家が好んで母子の姿を描く理由をこの年になって理解しようとは、ゆめにも思わなかった。
「この子の首が座れば、画家を呼ばせるか」
「あら肖像画にしては早いですわ」
ふわりと笑う妻に、息子一人の肖像画ではなく母子像だと言えばどういう返しが来るのか気になったが、あえてそれは言葉に出さず胸に留めておく。リュシオンならばきっとその筋の人脈も持ち合わせているだろうし、次に会った時にでも話を振ればいいだろう。