ニケの子供時代
そろそろと水の乗った盆を運ぶ五つ下の、目に入れても痛くないほどに可愛がっている唯一の妹をしきりにチラチラと気にする少年の姿に、一緒に稽古していた兵士達や兄達からは笑いがこぼれる。それに少年――デニスはきっと目を吊り上げた。
「あんな重いものを持ってふらふら歩いてるニケが心配にならねぇのかよ!」
「いや……ニケももう十一だろ。それに横で一緒に盆運んでるレヴァンの心配はしねぇのか?」
長男のディノスがニケよりも更に三つ年下の五男の名を上げるが、デニスはそれを鼻で笑い飛ばした。
傍から見ていればニケよりも年下のレヴァンの方が不安定な歩き方をしていて、見かねたニケがしばしば足を止めて弟を待っているような状態なのだが、デニスにとってはニケの方が気がかりなのだ。
あからさまな妹贔屓に、妹が生まれてからこの調子なんだから、と長男から四男までが苦笑する。妹贔屓に加えてその妹が何かと要領の悪い五男を気遣うものだから、それが不満な三男は何かにつけ五男をいびるのである。五男に関しては不憫な星の導きの下に生まれてきたとしか思えないと、聡明な四男は思う。
そんな兄弟達のやり取りを毎日とはいかないが頻繁に目撃している兵士達――兄弟達の父親の部下――にしてみれば、そんな様子は面白くて仕方がない。実際娘というには大きい年頃のニケを年の離れた妹や姪っ子のように見守っている兵士も多く、彼等の一部はデニスの言葉にうんうんと頷いていたりもする。しかし中には男兄弟で小さい少女への接し方が分からないがためにニケの弟達をかわいがる兵士も多く、なんだかんだとセラピア家の兄弟達の扱われ方というのは唯一の娘であるニケの特別扱いに目を瞑れば、ほぼ等しい。
ただ、デニスの妹贔屓が目を引くだけなのだ。
「ニケは家事の手伝いもするけど普段は本を読んだりおふくろに針仕事教わりたいとか言うようなかわいい趣味してるんだぞ? 力仕事なんてキリルとかレヴァンとかソロンに任せとけばいいのによう」
「レヴァンはともかくソロンは八つなんだからちょっとあの量は厳しいんじゃないかなぁ……」
「うっせーよキリル。んなこと言う暇があったらお前がニケの盆持ってやれよ。俺がやってやりてぇけど昨日ニケに『自分でできますから兄様はおけいこしててください』って言われたから無理なんだよ」
まくしたてるようにすぐ下の弟を睨んだデニスに、睨まれた四男――キリルは肩をすくめた。どうせ自分は剣よりも弓の方が性に合っているせいで稽古に参加させてもらっている兄弟のうち一番身軽な人間だからとかいう理由だろうことは分かっている。
「兄貴はもう……ま、あの量をニケとレヴァンに運ばせるのは大変そうだし、手伝ってくるよ」
聡明なキリルには仕事を手伝った自分が妹に『ありがとう兄様』と微笑まれそれを兄に睨まれるという流れが予測出来ていたが、なんだかんだと自分もまた妹に甘いことを自覚していた彼はそれを口にせず、稽古をつけてくれた兵士達に断って妹と弟のところに足を向けたのだった。
なんだかニケの子供時代なのに兄達中心のお話になりました。
兄弟構成は
長兄…ディノス
次兄…テオドール
三男…デニス
四男…キリル
(ニケ)
五男…レヴァン
六男…ソロン
七男…ゼノン
です。
長男~三男は年子で、五男と六男も年子というどうでもいい設定。本編では長男のみ既婚者です。