カマルと義父のお留守番
「お義父様、行ってきますね。カマル、お留守番よろしくね」
「ん!」
「気をつけてな」
離れの玄関先でそう頭を下げたニケにカマルが誇らしげに頷き、そんな様子を微笑ましげに見ながらサイードも鷹揚に頷いた。
同じく伯爵家に嫁いだ幼馴染を訪れるニケを見送って、後姿をじっと見つめていた孫息子に声をかける。
「カマル、今日は何をするんだ」
「んと、お花の水やりと、ぶんぶん!」
一見しては花壇のように見える薬草園もどきや、ニケが手ずから植えた花々を思い出してサイードはあぁ、と声を漏らした。今の時期は水をやってもすぐに乾いてしまって、日に何度か水をやらなければならない。
普段からニケに付いて回っているカマルは要領よく水やりの準備をして、小ぶりな桶一杯に水瓶から水をくむ。それを柄杓ですくって花や薬草、香草に水をやるのだ。
一度に柄杓の中の水が全部落ちてしまわないように注意深くそろそろと水をやるカマルを見守りつつ、手の中の木片に小刀を滑らせる。先日庭の手入れの道具を置いてある棚が壊れてしまったのだとニケがこぼしており、それならばと新しいものをこしらえてしまうことにしたのだ。最初は渋っていたニケも、手持無沙汰な自分の手慰みになる、とサイードが言ってしまえばそれ以上は何も言わなかった。
ちょっとした木工細工は剣の基礎と一緒に育ての親と言っていい老人から教わったものの一つで、職人のような凝ったものはともかく普段使いの家具程度ならサイードも作れるように教え込まれた。
いつの間にか水やりを終えたらしいカマルが手元を覗き込んでいて、きらきらと輝く瞳についサイードは今度一緒に細工を作る約束をしてしまうのだった。
「じじさま、その前に指笛教える約束した、から……それやってから、ね!」
「あぁそうだな……鳥の鳴きまねもか?」
「ん! かかさまが驚くくらいそっくりなの」
先日サイードが披露した鳥の鳴き声そっくりの指笛を、ニケが本物の鳴き声だと勘違いした時のことを思い出したのかカマルの表情が緩む。母親を驚かせたいらしい孫の願いをサイードが拒むはずもなく、剣の稽古を見てやる前にサイードは指笛を教えてやることにしたのだった。ニケを驚かせたいなら彼女がちょうど外出している今日が最適だった。
「いいかカマル、指はこうやってな……」
帰ってきたニケが、拙いながらも小鳥の鳴き声のような口笛を披露したカマルを手放しで褒めたのは、その日の夕方のことだった。
それを見てつくづく自分もニケもカマルには弱いらしいと改めてサイードが認識したのは、言うまでもないことである。




