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12/21

過去拍手 そのに

拍手にて6/24~11/18まで掲載していたものになります。


サブタイトルは『伯爵家・離れの日常』です。

 その日ニケは夕飯に義父の好物である肉の香草焼きを出そうと、昼のうちからタレを作っては肉を浸していた。

 勿論カマルの分にはハルゥに教えてもらった獣人でも大丈夫な香草を使ってある。


「……よし、」


 肉を漬け終わったニケは手をすすぐと肉を漬けている壺にふたをして、それを日陰に置いた。

 そのまま庭の手入れをするべく台所を後にしたニケは、背後でニケの動向を窺っていた四つの目に気付かなかった。


「……作戦、ちゅうし」

「開始、な。中止は途中で止めることだ」

「……かいし!」

「よし、行くか」


 ごそごそと物影で何やら動き始めた影にも、ニケが気付くことはなかった。







「…………」


 庭で黙々と作業を進めるニケは、周囲に咲き乱れる色とりどりの花にそっと目を細めた。

 裕福な家で好まれる華やかな花は少ないかもしれないが、この慎ましやかな庭にニケは満足していたし、義父も落ち着くと言ってくれていた。部屋に飾るには不自由しない程度の花は咲いているし、何より料理や他の用途に使える植物も多い。

 ハルゥから株分けしてもらった植物も順調に根付いていることを確認してニケが立ち上がると、耳が草のこすれあう音を捉えた。


「……カマル?」


 獣人でもないニケの耳に入る程度の音なら、風よりも誰かがそこにいると見なすのが普通だ。

 ニケはてっきり義父と庭で遊ぶといっていたカマルかと思って振り返るが、そこに求めていた人影はなかった。

 何事もなかったようにそよそよと音もなく揺れる草木に首を傾げて、ニケはまた作業を再開した。










 一方、離れの中では。


「じーじ、これちょんぱ?」

「あぁ、で、この汁をちょこっと垂らすんだ」

「ん!」

「そしたら白い粉を混ぜてこねる」

「こねこね……あれ、べとべと……びろびろーん」

「水を入れすぎたか……?ちょっと待て……」



 ――何やら怪しげな作業が着々と進んでいた。








 そんなことを知らないニケは庭の手入れを終えた後も普段あまり使わないところをこの際だからと手入れしていた。

 カマルは義父と遊んでいるか、昼寝をしているので心配はない。

 思う存分に離れの手入れを進めていくうちに、いつの間にか太陽が大分傾いていた。

 もうじき夕暮れになるだろう。


「灯を入れないと……」


 もう夏になるため暖炉は使っておらず、火を使うには一度台所の竈のところまで戻らなければならない。ついでに竈にも火を入れておいて先に夕飯の準備を進めておこうと思い、ニケは立ち上がった。


 そして台所に足を踏み入れ――目を見開いた。


「えっ?」

「……っ、じーじ!かかさま来ちゃった!」

「なに、もうそんな時間か……」


 ニケの視界に入ってきたのは、何故か白い粉――おそらく小麦粉だろう――まみれになった義父とカマルの姿だった。











 残念そうに粉まみれでニケを見る二人に、ニケは慌てて手に抱えていた薪を置いて二人に駆け寄った。

 元々毛色の白いカマルはともかく、赤い髪の義父が粉にまみれているとどうもいつもと違いすぎるせいか違和感の方が大きい。まるで一度に年を取ったかのようだ。


「じーじまっしろー」

「おー、そうか」


 へらりと笑っている二人だが、何がどうしてこうなったのか分からないニケは静かに混乱していた。少しでも状況把握をしようと台所を見渡せば、普段ニケが料理を作る台の上に、何やらべったりしているのか粉っぽいのかよく分からない白っぽい塊があった。よく見れば二人の手にもそれがべったりと付着している。付け加えるなら、べったりと手に付着したところに粉をまぶしたのかボロボロと小さなダマがいくつも手についている。


「何を……?」


 薄々は察せたものの、確かな説明が欲しかったニケの言葉に二人は顔を見合わせると、義父が口を開いた。


「その、だな……普段ニケにばかり食事を作ってもらっているだろう。たまには頑張ろうと……カマルと相談して、二人で出来そうなパンでもと……」


 その結果が台の上の白い塊――パン生地らしかった。

 事情を聞いたニケは苦笑すると、しょぼんと落ち込んでいるカマルに視線を合わせるように腰を落とした。


「……なら、これから三人で作りましょうか。パンをこねるのは母様一人じゃ大変だから、カマルとお義父様にも手伝ってもらえると嬉しいわ」

「ん!こねこね……!」

「力仕事なら任せろ」


 生地に対して闘志を燃やすカマルをニケと義父は微笑ましげに見る。

 どんな材料の配合で生地を作ったのか義父に尋ねればそうおかしな手順を踏んでいないことが判明し、ニケはドロドロしているのかぼそぼそしているのかよく分からない生地を形にするために腕を振るうことにした。






 そして日が傾き、空が茜色に染まる頃。


「できた?」


 身長が足りなくて必死に背伸びをしながら竈を覗こうとするカマルに苦笑しながらニケは頷いて竈からふっくらと狐色に焼けたパンを取り出した。

 普段のニケは母屋でまとめているパンを食べているだけに久々のパン作りは不安なところもあったが、無事膨らんで安心していた。

 自分で作ったということもあってかカマルはニケが食卓にパンを並べるやいなや真っ先にそれに手を付ける。少し塩の利いたパンのためにチーズを切り分けておいたのは正解だなと笑う義父に口いっぱいにパンを頬張ったカマルが大きく頷いた。


 パンを作っていたこともあって、肉の香草焼きは作れなかったけれど案外良かったのかもしれないと思ってニケは目を細める。


(……香草焼きがあったら、塩気が多すぎるでしょうし)


 いつもよりもほんのりと塩辛いパンにチーズを乗せつつ、ニケはそんなことを思った。


End.



本当はこの話を母の日に上げるつもりだったのですが……まさか父の日付近までずれ込もうとは……といった経緯を持つ御礼文です。


とりあえず料理を手伝うカマルと義父が書きたくて書きました。

台所で作業するにはカマルの背が足りないので、そのうち離れの台所にはカマルのための台が義父によって作られることでしょう(笑

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