結婚前のエレオノーラとニケの交流
「あんたいい人の一人や二人いないの」
最近流行り始めた流行を追うのに忙しいのか、近頃姿を見せなかった幼なじみが突然家に立ち寄ったかと思えば開口一番にそう口にするものだから、ニケは突然のことにぱちぱちと目を瞬かせた。
そんな様子にも焦れたのか、エレオノーラが形のいい眉を寄せる。
それを見取ったニケは自分で淹れた紅茶を口にしながら首を傾げた。――安いながらにいい味が出ている。流石趣味のいいエレオノーラだけあると素直に感心してしまう。
「いい人、と言われても……私はあまり外に出ないのもあるし、そういうのは」
「おじさんがしょっちゅう家に若い兵隊さん連れてきてんじゃないの。あんたの兄さん達がいくら睨み効かせてたって話す機会がなかったなんて言わせないわよ」
「ノーラ」
困ったように愛称を口にしたニケに、エレオノーラはふん、と鼻を鳴らす。
華やかな美貌の彼女には行儀の悪いそんな仕草すら様になっていて、ニケは見とれると同時に苦笑した。
事実、ニケの父は頻繁に部下である若い兵士を家に連れてきていたが、地味な容姿のニケが彼等に目を止められるということはない。近所の娘さんに接するような接し方が普通だ。それに父がわざわざ家に部下を連れてくる時は彼等が日々の飯にも困っている時で、ニケに構うよりも供された食事を口に運ぶことに必死なのだ。ニケもそんな彼等の世話に母や幼い弟達と共に追われているのが常だった。
それをエレオノーラもよく知っているだろうに、よほど幼馴染にそういう話がないのを彼女なりに心配してくれているらしかった。
華やかな美貌と同じく華やかな交友関係を持った彼女がそれでもニケに男友達を紹介してこないのは、彼女に近づいてくる彼等とニケが性格的に合わないのが最大の理由だろう。大輪の華にひかれる人の目にはそのあたりの野の花など眼中に入っていないのだ。
「私はまだそういう話はいいのよ」
「あんたみたいに大人しくて家事出来る娘が嫁き遅れたらねぇ、そこらの馬鹿な年食ったろくでもない親父の後妻に~、なんて話押し付けられるのよ? 今のうちにあんたに似合う朴念仁でも真面目な奴とか捕まえておきなさい!」
一息に言いきってしまうと紅茶をぐい、と豪快に飲み干した幼馴染にニケはただ呆気に取られるばかりだ。
やけに具体的な話をされてしまったが、実際近所のおばさんからエレオノーラが言ったような後妻に、という話がなかったわけではないのだ。ただ、ニケが一人娘なのを理由に父が――特にニケを一等可愛がってくれている三番目の兄が猛反対したのもあり――きっぱりとその話は断ったのだけれど。
「あー、でもろくでなしじゃないなら、割と年離れてた方があんたにはいいのかもしれないわね……いやでも後妻ってのは肩身が……」
我がことのように真剣に悩み始めてしまったエレオノーラのためにニケは紅茶を淹れることにして、そっと席を立つ。その間も彼女は難しそうな顔をして考え込んでいるのだから、いっそ微笑ましい気持ちにもなる。
(結婚、って……想像がつかないのよね……)
初恋は父のところに出入りしていた年上の人だったが、すでに結婚していた人であったし、ニケも大人の腰ほどまでしか背丈がなかった頃の話だ。
自分が結婚するなんて、と小さく息を吐いて、ニケはそっと目を閉じたのだった。