ツンデレ気質の公爵様は、私には合わなかったようです
私の婚約者であるアラン様は、素直ではないお方でした。
「いいか、お前との婚約は両家が決めたものだ。最低限の会話はするが、それ以上は期待するな」
「馴れ馴れしくするな。気色悪い」
初めての顔合わせ。私と2人きりになったアラン様は、とことん私を冷たく突き放しました。
「お前がこの調子では、俺以外に貰い手などいないのだろうな。可哀想に」
果てには暴言まで吐く始末。
暴言を吐かれた日の晩、私は悔しさのあまり一晩中涙を流しました。
下手に関わっても無駄に傷つくだけ。それでも政略結婚なので下手に断れない。
私はなるべく、アラン様との接触を避けました。
しかし彼はどういうわけか、事あるごとに接触を図ってきました。
庭で魔術の練習をしていた私の元に突然現れ、魔法を扱う私の姿を一目見たアラン様は「見てられん」と口にしました。
「ならば、此処から立ち去ってください」
「いい。我慢できる」
立ち去ってほしいと言ったにも関わらず、アラン様は何も言わずに私をじっと見続けていました。
隣にいた魔法教師は、そんな私達を見て苦笑いを浮かべていました。
「……本日はこの辺にしておきましょうか」
「先生、ありがとうございました」
「ようやく終わったか」
魔術の授業が終わると、アラン様は私に歩み寄ってきました。
「来い。そんなに魔法が好きなら、俺が魔法を教えてやる」
「いえ、アラン様にこれ以上、醜態を晒すわけには……」
「その醜態を晒さないよう、俺が指導してやる」
とても失礼でした。その言い方では先生の指導が悪いとも聞こえてしまいます。
「……先生、ごめんなさい。アラン様、失礼します」
「あっ!」
私は居た堪れず、その場から速やかに立ち去りました。
後日。アラン様は手紙で此処に来ると断りを入れておいて、時間通りに私の前に姿を現しました。
そして、再び愚痴を吐いてきました。
「前に魔法の先生を遠回しに貶してしまった。なので謝罪をしに来た」
私への謝罪は一切無し。
「先生には詫びを入れた。そして……これを」
そう言うとアラン様は、私に荷物を手渡しました。綺麗な包みに包まれた小箱でした。
「ゴミだ、捨てておけ」
これがアラン様からのお詫びの品だとは何となく理解しました。
「……」
「もしお前が欲しいなら、それはくれてやる」
しかし、ゴミと言われて託されたそれを素直に受け取れるような神経を、私は持ち合わせてはいませんでした。
「……帰る」
最後にそう一言だけ告げると、アラン様は屋敷から立ち去りました。
「……ルル、こちらはゴミだそうです。捨てておいてください」
「はい、お嬢様……」
アラン様が帰った後、従者のルルにゴミを捨てるよう指示しました。
ルルはとても悲しげな表情をしながらも、私の言葉に素直に従ってくれました。
私と城下町を歩くよう指示が飛んだことがありました。
仕方なく身支度を整えて城下町へと姿を現せば、そこには不機嫌そうなアラン様。
「……普段よりはマシな格好だな」
「普段よりは……ですか」
普段の私はマシではないということでしょうか。
「それでもお前はまだまだだな。此処で飾りのひとつでも買えば、かなりマシにはなるだろう」
「そうですか」
贈り物をしたいと、素直にそう言えばいいのに。
「そうだ。リリアナ」
「はい」
「婚約した以上、お前をエスコートする義務がある。仕方のないことだが……手を出せ」
「……アラン様に嫌な思いをさせるのは、流石に気が引けます。私は大丈夫です」
「そんなわけにはいかない。手を出せ」
「……では、私も義務として応じます」
そう言い、私は仕方なくエスコートを受け入れました。
正直、仕方なくエスコートされるのはいい気がしませんでした。エスコートは丁寧でしたが、アラン様はずっと不機嫌そうでした。
「……人目のないところでは、エスコートは結構ですから」
「どこで誰が見てるのか分からないだろ。エスコートすると発言した以上は、何があろうと最後までする義務がある」
「ですが、アラン様はずっと嫌そうにしていました。流石に気分を悪くさせるのは駄目です。アラン様の体調の為にも、ここは……」
「いい、これくらい……」
「私が嫌なのです」
私の言葉にアラン様が目を丸くしました。
「嫌でも義務だから仕方なくエスコートをするなんて……そんなことを言われて、喜ぶご令嬢は存在しません」
「……」
「申し訳ございませんが、本日はここで帰らせてください。私がその言葉に耐えられないのです」
「……貧弱な」
そう言いましたが、アラン様はその場で解散してくださいました。素直ではないけれど、確かに優しさは感じました。
しかし、アラン様と関われば関わるほど、彼から心は離れていきました。
帰りの馬車の中。私の隣に座るアラン様は、唐突に私に話しかけてきました。
「リリアナ、アレはどうした」
「アレ、とは?」
「前に渡したアレだ」
どうやらアラン様は、ゴミのことを伝えている様子でした。
「私には何のことか……」
「……先生への詫びを入れた日に、渡した物があるだろう」
「ゴミのことですか? それならばご心配なく、従者に伝えて処分しましたから」
「なっ……!?」
私の答えが想定外だったのか、アラン様はその場で立ち上がりました。
「何故そんなことを!」
「ゴミだから捨てろと言ったのは貴方です。私、間違ったことをしましたか?」
「あんな綺麗な物渡されたら、せめて中身は確認するだろ!」
「そんなゴミを漁るような、卑しい真似はできません」
「……!」
「当然です。ゴミを漁る方が卑しい行為だと、アラン様はよく理解している筈です」
「…………」
私がそこまで言うと、アラン様は口を閉ざしました。
しばらくして、私は静かに口を開きました。
「アラン様はずっと、私に暴言を吐いていましたね。嫁の貰い手が無いとか、馴れ馴れしくするなとか、嫌々エスコートするとか……」
「……」
「私が嫌なのはかまいません。せめて、それを表に出さない努力はしてほしかった」
「……アレは、お前への詫びの品だった」
「詫び?」
アラン様はどこか寂しげに、そう口にしました。
「前に、お前の魔法を使う姿を貶してしまった。あの箱には、詫びの言葉と共にネックレスが入っていたんだ」
「……」
「その……悪かった」
今になって謝罪の言葉。
何故、それをすぐに言わなかったのですか。
「何故……!」
「……?」
「何故、それをすぐに、素直に言わなかった……!?」
「……リリアナ?」
「何故、それをあの時言わなかったのですか……!?」
「ひっ……!?」
私はもう我慢できず、思わずその場で魔力を解放してしまいました。
質のいい馬車は外に魔力を漏らすことはありません。
なので今現在、馬車の中は私の怒りによる魔力で充満していました。アラン様は高い魔力濃度に驚いているご様子でした。
「貴方の為に、淑女でいようと努力してきました」
私は侯爵家の娘であり、我が家はバリバリの武家でした。
家族は全員戦える武人であり、私も普段から身体を動かすのが大好き。どんな魔術師よりも腕が立つと自負しておりました。
「しかし貴方は初手からとことん馬鹿にしてくれて……貴方の罵倒にどれだけ悔しくて、どれほど腹が立ったか……」
「あ……ああ……申し訳ない……」
「貴方と出会った日の晩、私は自分の情けなさに涙を流しました。何の理由も無しに一方的に馬鹿にされ……」
「違う! あの時は……!」
「淑女になる為に頑張って努力したというのに、ああまで言われて……私は……」
戦いに身を投じ、戦いに明け暮れる一族の娘として、理由もなく一方的に貶されるのは我慢ならなかった。
悪口のひとつも無ければ……いや、悪口を言ってからすぐに訂正のひとつでもいれてくれればまだマシだった。
どれもこれも、まともな理由すら述べずに貶すことで全て台無しになっていた。
「私を貶すのは、私を産み育てた我が家を貶すのと同義……貴方との婚約は無かったことにしていただきたいのです」
「はぁ!?」
「貴方の方が立場は上。公爵家である貴方が言えば、どのようにでもできるでしょう?」
「え、いや……しかし……」
「両親には前々から、貴方の愚弄は伝えてました」
「!」
「両親は激怒していました。きっと後日、婚約破棄の旨を伝えられることでしょう。貴方とはこれで最後……」
「待ってくれ!」
停止した馬車から飛び降りようとした私を、アラン様は震える手で掴んできた。
「一目惚れだった! 貴方の美しさに見惚れるあまりに、思わず心にもないことを口にしてしまった!」
「あら、最後まで私のせいにするのですね」
「違う! そんな腑抜けたことを口にすれば、武家で誇り高き貴方が失望すると思った!」
「だから貶したと?」
「カッコつけたかった! 貴方の隣に立つ為に……!」
「今になってお前呼びを改めたのですね」
「……」
私はアラン様の手を振り払いました。呆気なく離れ、アラン様は呆然としていました。
「貴方の吐いた言葉が全ての元凶です。いくら政略結婚でも、人を馬鹿にするのは大間違い」
「す、すまなかった……!」
「次に出会うご令嬢には、暴言を吐かずに優しくすることをお勧めします」
「リリアナッ!」
私は馬車から飛び降りると、馬よりも速く道を駆け抜け、道中に現れる魔物も蹴飛ばして家に帰りました。
家に帰宅した私は、お父様に街での出来事を全て伝えました。
「まさかあの小僧がそこまで我が家を侮辱していたとは……」
お父様は眉間に皺を寄せてアラン様への怒りを露わにしていました。
「これは確かに両家のための結婚だ……だからといって、暴言を吐いていい理由にはならん! 奴との婚約は破棄だ!」
お父様も魔力を解放して怒っていました。血は争えませんね。
「そもそも、婚姻の話はあの家から申し出てきたんだ。こちらとしてはどうでもいいが、ここまで貶される筋合いはない。すぐにでも婚約破棄を突きつけてくる」
「照れ隠しで暴言を吐く彼が、まともとは思えません。私もお父様の決定には賛成です」
「……リリアナ」
お父様は私に優しい父の顔を向けてきました。
「すぐに次の縁談を組ませてもらうが、次は暴言を吐くような奴は絶対に連れてこない。約束しよう」
「ありがとうございます、お父様」
「あんな奴を選んですまなかった」
こうして、お父様の計らいによりすぐに次の婚約者が選ばれました。
次に選ばれた婚約者は、公爵家の次男坊。綺麗な黒髪をした、凛々しい顔つきのお美しい方でした。
顔合わせ当日。公爵家の屋敷で両親と共に顔を合わせた後、ルイス様の計らいにより2人で庭を歩くことにしました。
「これは政略結婚である」
お相手であるルイス様は私に向かって話をしてきました。
「初めての顔合わせで言う言葉ではないとは思うが……」
私は大人しく、次の言葉を待ちました。
「貴方のことは最大限、大事に扱う。嫌でなければ愛を送る予定である」
「……愛?」
ルイス様の言葉からは嘘偽りは感じません。真っ直ぐな言葉に、私は戸惑いました。
ルイス様はさらに言葉を続けます。
「貴方は御両親から託された大切な家族。私の持てる精一杯で、貴方のことを迎えたい」
「ルイス様……」
「もし鬱陶しいと感じるのなら、最小限に留める。何かあったら素直に申し出てくれ」
「あ、分かりました……あの、ルイス様」
「何だろうか」
「あの……私も、愛で返してもよろしいでしょうか」
私の言葉を聞いたルイス様は、それはもう嬉しそうな笑みを零しました。
「勿論だ。むしろそう言っていただけて、とても嬉しい」
そんなこんなで私達は、庭にあるベンチに座って、改めて色んな会話を交わしました。
「貴方を初めてお見かけしたのは、訓練所でした」
「そうだったのですか?」
「はい。手足のように魔法を扱う貴方の姿に見惚れ、興味が湧いたのです。いやはや、まさかこうして再び会えるとは……」
「まあ、そうでしたか……訓練所に居たということは、ルイス様も魔法を?」
「それなりに。ですが私は貴方、剣を扱います。魔法は二の次です」
「剣ですか……ルイス様の技、この目でぜひ見てみたいです。今、この場で見せていただけますか?」
「よし、分かった」
私に頼まれたルイス様はこれまた笑顔を浮かべ、木刀を手に剣技を披露してくれました。
ルイス様の剣技は見事でした。剣を振るう様はとても美しくて、その姿に見惚れてしまうほどでした。
ルイス様はとてもお優しくて、それでいて真っ直ぐな方でした。
屋敷に来る時は前もって知られてくれて、よく贈り物をしてくださいました。
「貴方に合いそうな髪飾りを見つけた。是非、受け取ってほしい」
「まあ、素敵……! 今、ここで着けてみても?」
「勿論」
髪飾りを着けると、ルイス様はさらに笑顔を浮かべました。
「やはりこの髪飾りをつけた貴方も美しい」
「ありがとうございます……」
ルイス様は素直に褒めてくれました。それはもう、私が照れるほどに。
2人で街に出ようという約束もしました。私はルイス様から頂いた髪飾りを身につけ、ルイス様と共に街に出向きました。
「私の送った髪飾りを、早速身につけてくれたのか。とても嬉しい」
「はい。ルイス様の送ってくれた髪飾りはとても美しいので。外に出て自慢したくなりました」
「そんなに喜んでくれるとは……髪飾りを送って良かった。髪飾りを作った職人もさぞ、喜んでいることだろう」
ルイス様には優しさがありました。他人を貶さず、とにかく周りを褒めます。
「私も大変嬉しいです。このような素晴らしい贈り物を頂けて、私もとても嬉しいのです」
ルイス様と会話をしていると、心の底が温かくなるような感覚がしました。
当然のようにエスコートしてくれて、飾りを吟味している時も、私と合うかどうか真剣に議論してくれました。
ルイス様は、私にはもったいないお方でした。
剣の腕も素晴らしいものでした。そして何より、魔物狩りの腕も素晴らしい。
出掛けた先での魔物狩りは、大変楽しいものでした。
「流石はルイス様、私より沢山狩れたのですね。正直言って悔しいです」
「ははは……しかし、魔物の質はリリアナの方がいい。大きな獲物をここまで傷つけることなく始末できるとは、やはり貴方は素晴らしい」
「お褒めいただき光栄です」
後に判明したのですが、ルイス様は何よりも魔物の討伐を優先する方でした。
魔獣が出たと聞いては、私を誘って現場まで向かいました。
そんな私も討伐は好きでした。獲物を相手に立ち回り、魔法を浴びせて狩猟する。
私とルイス様は、どこまでも相性が合う方でした。
ある時、森に倒れる丸太に2人並んで腰掛けている時、ルイス様はあることを告白してくださいました。
「実は……私は討伐を優先するせいで、ほとんどのご令嬢からは嫌われているんだ。野蛮で恐ろしいと」
「まあ。私からすればルイス様は、勇猛果敢な英雄に見えますのに……毎回、討伐の場に私を誘ってくださるのも嬉しいですし……」
「ありがとう。その……」
ここでルイス様は、言いづらそうに話を切り出しました。こんなルイス様の姿を見るのは初めてです。
「情けない話だとは思うのだが……貴方の腕は私より上だ。だから貴方はよく私を守るように立ち回ってくれる、それが堪らなく嬉しいんだ」
「ルイス様……!」
ルイス様の言葉に、私は堪らなく嬉しくなりました。
「私は、ルイス様と過ごす時間が何よりも楽しいのです!」
「リリアナ……この数年で、俺にとって貴方は、討伐より何よりもかけがえのない人になった」
ルイス様は嬉しそうに言葉を続けます。
「貴方と出会えて、本当に良かった」
やがて数年の時が経ち、私はルイス様と結婚しました。
程なくして、アラン様も結婚したと聞きました。
風の噂によると、アラン様と結婚した方は、アラン様から吐かれた暴言を倍にして返すという、とんでもなく気の強い方だそうで。
アラン様は次第に暴言を吐かなくなり、すっかり大人しくなったそうで。今では妻の尻に敷かれているのだとか。
何はともあれ、今の私には関係のない話ですね。
「リリアナ、一生をかけて貴方を愛そう」
「ルイス様、私も同じです。これからも私の愛を貰ってくれますか?」
「貰う。全てありがたく受け取ろう」
「ふふ……ルイス様ったら……」
私は照れ隠しで暴言なんか絶対に吐かないと誓います。
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