キタさんとミタオくん 3
薄いカーテンの向こうから朝の光が流れ込んできます。
目覚ましアラームはセットしませんでした。
今日は休みの日だからです。
「ミタオくん、朝ですよ。たぶん七時くらいです」
「“たぶん”って何さ」
「太陽の角度判断です。だいたい当たります」
六畳の部屋は、布団をたたむと急に広くなります。
でもテーブルを出すと、やっぱり狭くなります。
それが、少し楽しいのです。
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朝ごはんは、昨日の残りのご飯で作ったおじやです。
卵は半分こです。
「全部どうぞです」
「いや半分にして」
「では、きれいに割れるか挑戦します」
結果、少し失敗します。
「七対三になりました」
「今日はキタさんが七でいいよ」
「では次は必ず逆にします」
約束は、だいたい守られます。
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洗濯機はありません。
二人でバケツに水をためて、順番に押し洗いです。
「リズムが大事です」
「仕事より真剣じゃない?」
「暮らしは本業ですから」
きゅっ、きゅっ、と布を絞る音。
窓の外では、電車が鉄橋を渡ります。
二人とも、その音で時刻がなんとなく分かります。
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昼は別々に行動します。
商店街を歩き、どちらかが安い野菜を見つけると連絡します。
《もやし10円でした》
《それは事件です》
今日はミタオくんが、少し曲がったきゅうりを持って帰ってきました。
「安かった」
「形は自由ですから問題ありません」
味噌をつけて、かじります。
ポリッという音が、やけに豊かです。
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夜は、川沿いを少し歩きます。
遠回りですが、電気代がかかりません。
「今日、嫌なことあった?」
「少しだけです。でも減りました」
「減った?」
「歩いたので、減りました」
「そっか」
「ミタオくんは?」
「増えたけど、今減ってる」
「では合計はプラスマイナスゼロです」
「便利な計算だなあ」
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部屋に戻ると、ラジオをつけます。
古いフォークソングが流れています。
キタさんは湯のみを差し出します。
「高いものはありません。でも、温かいです」
「うん。十分だよ」
「十分は、すごい言葉です。満ちています」
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寝る前、電気を消すと、外の街灯が天井に揺れます。
川の反射が、部屋に届いているのです。
「キタさん」
「はい」
「その暮らし方の研究、進んでる?」
「かなり有望です」
「成果は?」
「貧しくても、二人だと静かに笑えます」
少し間があって、ミタオくんが小さく笑います。
「それ、論文にしよう」
「もう発表済みです。毎日です」
川の音は聞こえません。
でも、流れている感じだけは、ずっとそばにありました。




