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9話

「防壁を維持しろ! 魔力を注ぎ続けろ!!」


エルフの魔導師たちが、必死の形相で叫んでいる。里を覆う第2防衛結界。それが今、黒焔の古代竜ブラックフレイム・エンシェントが放つ漆黒の炎に包まれていた。触れるものすべてを「無」に帰す呪いの炎が、半透明の結界をじわじわと削り取っていく。


「だめだ……これまでの魔物とは桁が違う熱量だ……!」


「ここを破られたら、里は……火の海になるぞ!!」


戦士たちが絶望に染まった、その時だった。空から、肌を刺すような鋭利な冷気が吹き抜けた。


「――下がっていろ。ここからは私がやる」


戦火を切り裂くように現れたのは、銀髪をなびかせたティーエだった。彼女は大弓を構えると、結界のすぐ外側、炎の渦巻く最前線へと身を躍らせた。


「ティーエ様! しかし、あの黒焔の熱量は――」


「黙って見ていろ」


ティーエの魔力が膨れ上がる。彼女が放った矢は、空中で氷の礫を纏い、結界にへばりつく黒焔を真っすぐ向かっていった。氷の矢は、黒焔の熱量を上回る冷気で、どす黒い炎を消し去った。


しかし、古代竜の喉奥が一段と赤黒く光輝く。その巨躯を震わせ、凄まじい*黒焔の爆風を再び結界に叩きつける。


「……っ!」


結界を激しく震わせる衝撃が、里全体に響き渡る。


「結界もそろそろ限界が近い…。ありったけの魔力を結界に注ぎ込め!」


ティーエのかけ声が響き、魔導士たちを最後の気力を振り絞る。しかし、もう限界が近いことは誰の目にも明らかだ。


「…ちっ、このままではじり貧だ。早く本体を叩きのめさないと」


ティーエは弓を手に向け、瞬く間に3つの矢を放つ。放たれた氷矢は空中で急激に冷気を硬化させ、透明な結晶の足場へと姿を変えた。彼女はそれを蹴り、遥か上空へと駆け上がっていく。


眼下では、黒焔の古代竜が必死に熱波を撒き散らしている。


ティーエの全身から、これまでの比ではないほどの冷気が溢れ出す。空気がひび割れるような音が周囲一帯に響き渡った。彼女の能力は、単なる氷の生成ではない。【空間凍結】――その領域内にある全ての「熱」を強制的に奪い去る、絶対停止の力。


「果てるがいい」


竜の頭上が豆粒ほどに見える高空。大気の水分すらも極氷の粒子へと変え、ティーエは最後の一射を番えた。弓を限界まで引き絞ると、彼女の周囲に舞う氷晶が、七つの輝点へと収束していく。


「【極氷・七星墜ななほしおとし】」


放たれた氷矢は、音を置き去りにして加速。 軌道上の大気を氷の結晶にへ変え古代竜に向かって一直線に飛んでいく。黒焔の熱波に焼かれるよりも早く、矢は古代竜の巨躯から伸びる翼を貫き、氷の杭となって古代竜を大地へと縫い付けた。


「ガ、アアアアアッ!?」


地上に落ちた古代竜の体からどす黒い光が消え、ティーエの冷気が竜の全身を覆っていく。

ティーエは弓を下ろし、冷徹な美しさを湛えたまま、氷の階段を優雅に降りてくる。その姿は、森の静寂を取り戻した正真正銘の「聖戦士」そのものだった。


「…………やった」


誰かが、震える声で呟いた。 第2防衛結界は、ボロボロになりながらもまだ保たれている。


「やったぞ!さすが、ティーエ様!!」


「うおー、ティーエ様、ばんざい!!」


地上に降りてきたティーエを囲んでエルフの戦士たちが、死の淵からの生還に歓喜の声を上げる。


「さすがは、弓聖様だな」


遅れて駆け付けたルナフレアがティーエに声をかける。どんなときでも冷静沈着なティーエだったが、さすがに魔力を消費しすぎたのか、その顔には疲れがにじんでいた。


アルスはただただ、弓聖の戦いに圧倒されていた。しかし、その時――。


――ドクン。


地底から響くような鼓動が、里全体を揺らした。 氷漬けになったはずの古代竜の目が、不気味な深紅の色に染まる。それは先程までの獣じみた破壊衝動とは違う、明確な、そして邪悪な「殺意」の光だった。


「……私の後ろに下がれ!!」


ティーエが、これまでにない焦燥を滲ませて叫ぶ。 大地に縫い止められていたはずの古代竜が、強引に頭をもたげた。その口の奥で渦巻くのは、黒を通り越して「虚無」のような漆黒の闇。 それは、里を消し去るには十分すぎる特大の収束ブレスだった。


「まずい……! 結界を、全魔力を使って強化し――」


慌ててルナフレアが防衛結界に魔力を注ぎ込もうと杖を掲げるが、古代竜の咆哮のほうが早かった。


――オォォォォォォォォッ!!


放たれた「終焉の炎」が、第2防衛結界に直撃した。 耳を貫くような、無数のガラスが砕け散る音が里に響き渡る。 僕たちが信じていた最後の守りは、瞬時にして崩壊した。


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