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7話

 霧の谷を抜けた先にある森は、昼だというのに薄暗かった。木々は異様なほど高く、枝葉が空を覆っている。足を踏み出すたび、地面が軋んだ。

 歓迎されていないということだけは、嫌というほど伝わってくる。


「……ここは相変わらずだな」


 先を歩くルナフレアが、低く呟く。

 ほどなくして、森の奥にエルフの里が姿を現した。

 巨木と一体化するように建てられた住居が、静かに連なっている。弓を携えたエルフの戦士が、すぐにこちらに気づいた。


「止まれ。用件を述べよ」


「賢聖のルナフレアだ。族長に会いに来た」


 名を告げた瞬間、戦士の表情が変わる。


「……失礼しました。ご案内します」


 通されたのは、ひと際大きい一本の巨木をくり抜いた部屋だった。天井は高く、壁には古い戦の紋様が刻まれている。室内には、十名ほどのエルフが直立不動で並んでいた。

 その中央に座る一人の女性。銀色の長い髪。視線は低く鋭い。


「……報告を続けろ」


 低い声が部屋の空気をピリつかせる。


「はっ。西側外縁の巡回、完了いたしました。魔物の気配はありませんでした。極めて平穏でしたので、巡回経路を短縮し、他の区域の補強に回っております」


 部下は誇らしげに報告した。だが、ティーエの眉がぴくりと動く。


「……魔物の気配がない、だと?」


「はい。一匹たりとも。ゆえに、西側の安全は確保されたと判断し――」


「――無知が」


 冷ややかな一喝。それだけで、報告していた戦士の肩がびくりと跳ねた。


「西側外縁は、本来ならば小型の魔物が常に棲息している地域だ。それが一匹もいない? なぜだと思う」


「そ、それは……森が平穏だから……」


「違う。より強大な何かが接近しているからだ。小型の魔物は本能的にそれを察知し、逃げ出したんだ」


 ティーエがゆっくりと立ち上がる。彼女の足元から、床が薄らと白く凍りついていく。


「お前は『平穏』を『安全』だと勝手に解釈した。その判断で巡回を減らし、西側を手薄にした。もし今、そこから何かが襲ってきたら、里は数分で血の海だ」


 ティーエの瞳が、氷のように冷たく光る。


「お前に判断する権限は与えていない。次に同じことをすれば、前線から外す」


「……はっ」


 反論はない。それがどれほど重い処分か、全員が理解していた。


「西側の警戒を最大まで引き上げろ。斥候を増やし、結界の魔力も強化しておけ。今すぐにだ」


「はっ!」


 その光景を、僕は少し離れた場所から見ていた。


(……近づくだけで、削られる……)


 そのとき。


「久しぶりだな、ティーエ」


 ルナフレアが一歩前に出る。族長は、ようやくこちらに視線を向けた。


「……賢聖か」


「森まで来るとは珍しいな」


「用事があってな。相変わらず、部下に厳しい」


「甘さは、犠牲を増やす」


 即答だった。次の瞬間、ティーエの視線がふいに動いた。ルナフレアの隣――僕の方へ。

 一拍。ほんの一拍だけ、視線が止まる。獲物を射るような冷酷な視線に、思わず目を逸らしたくなる。

 そして、ティーエの眉が、わずかに動いた。


「――全員、下がれ」


 ティーエの一段と低い声が室内に響き渡る。


「族長? しかし、まだ報告はすべて終わっておりません」


「報告は後から聞く。今すぐ全員下がれと言っているんだ」


 理由は語られない。だが、その場にいた全員が一斉に頭を下げ、音も立てずに部屋を出ていく。重厚な扉が閉まり、族長室には三人だけが残された。


 僕は緊張のあまり、息をするのも忘れていた。

 ティーエは玉座から立ち上がり、一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。


 ルナフレアは隣で「くっくっく……」と、何がおかしいのか肩を揺らしている。

 僕の目の前で、ティーエが止まった。

 その銀色の瞳が、僕の顔をじっと見つめる。


「……ルナフレア」


「ああ。あんたがずっと会いたがっていた、ルビスの忘れ形見、アルトだよ」


「……そうか」


 ティーエが、冷たい手で僕の頬に触れた。

 あまりの冷たさに体が強張る。……が、その直後だった。


「…………アルトたぁぁぁぁん」


「えっ?」


 耳を疑った。

 今、この氷の弓聖の口から、およそ戦士とは思えない音が漏れたような気がした。


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