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4話

 次の日、ベッドの上で目が覚め、居間に向かうと、ルナフレアは朝ごはんの支度をしていた。

 長い髪を後ろで束ね、ポニーテールにしている。


「おお、起きたか! 昨日はよく眠れたか?」


「……はい」


「もうすぐ出来上がるからそこ座って待っててくれ」


 昨日の件もあり、ルナフレアにどんな顔で会えばいいのか分からなかったが、彼女は昨日のことなんて何もなかったかのように振る舞っている。

 しばらくすると、朝食が運ばれてきた。


 ……が、僕は目を疑った。


 皿の上には、真っ黒に焦げたトーストと、原形を留めていない何か。おそらく玉子焼きだったのだろうが、炭と化している。隣には生焼けのクレイボアの肉が無造作に置かれていた。


「さあ、食え食え! 腕によりをかけて作ったんだぞ」


 ルナフレアは自信満々だ。

 僕は恐る恐るトーストを齧った。口の中に広がる苦味と、じゃりじゃりとした炭の食感。


「……っ」


 思わず咳き込みそうになるのを必死で堪える。


「どうだ? うまいだろ?」


「あ、あの……ルナフレアさん、普段何を食べてるんですか?」


「ん? だいたい干し肉とエールだな。たまにパンを齧るくらいか」


 やはり。部屋に転がっていた空の酒樽の数を思い出す。この人、まともな食事をしていないのだ。


「あの、僕が作り直してもいいですか?」


「は? 私の料理が気に入らないってのか?」


 ルナフレアが少しむっとした顔をする。


「いえ、そうじゃなくて……。昨日助けてもらったお礼がしたいんです。僕、料理は得意なので」


 嘘ではなかった。『蒼い翼竜』時代、パーティーの食事係は僕だった。ジャックスに押し付けられた雑用の一つだったが、おかげで腕は上がっていた。


「ふーん、まあいいだろう。やってみろ」


 僕は台所に立ち、残っていた食材を確認した。玉子、野菜、クレイボアの肉。これだけあれば十分だ。

 手際よく野菜を刻み、肉を適切な厚さに切る。フライパンを熱し、油を引いて肉を焼く。焼き加減を見極め、玉子を溶いてふわふわのオムレツを作る。パンは焦げた部分を削り、軽くトーストし直した。

 十分ほどで、彩り鮮やかな朝食が完成した。


「ほら、できましたよ」


「おお……」


 ルナフレアが目を丸くする。同じ食材から作られたとは思えない、まともな料理が並んでいた。


「いただきます、っと」


 ルナフレアがオムレツを一口食べた瞬間、その目がさらに大きく見開かれた。


「な、なんだこれ……うまい……!」


「うまいぞアルト! なんだこれ、同じ玉子か!?」


 ルナフレアは夢中で料理を平らげていく。その姿は、さっきまでの賢聖の威厳などどこへやら、まるで育ち盛りの子供のようだった。


「お前、すごいな……。私、ずっと干し肉とエールで生きてきたから、こんなうまいもの久しぶりに食った……」


 目を潤ませながら、ルナフレアが言う。


「ルナフレアさん、ちゃんと食べないと体壊しますよ」


「うっ……。なんか、母親に説教されてる気分だ……」


 照れくさそうに頭を掻くルナフレア。聖戦士の一人がこんな生活をしているとは、世間の人々は想像もしないだろう。

 食事を終えたルナフレアが、今日の予定を聞いてくる。


「今日、私はダンジョンに行ってくるが、アルトも来るか?」


 聞けば、家の近くにあるダンジョンの魔物が人里まで降りてこないよう、定期的に魔物狩りを行っているらしい。


「これ以上居座るわけにもいかないし、今日中にローラン王国に向けて旅立とうと思っています」


「私の大親友・ルビスの息子だ! 何日いたっていいんだぞ」


「……でも」


「それに、ローラン王国に行ったところであてはあるのか?」


「……いや」


 痛いところを突かれてしまった。彼女の言う通り、ローラン王国へ行ったところで、パーティーを組めるあてはなかった。


「じゃあ、今日はダンジョンの魔物討伐を手伝ってくれ。一宿一飯の恩義っていうだろ。あと、しばらく私の飯を作ってくれ! 頼む!」


 さっきまでの料理がよほど気に入ったのか、ルナフレアが両手を合わせて拝んでくる。


「……わかりました」


「よし! 決まりだな!」


 ルナフレアは嬉しそうな表情を浮かべ、朝食の食器を乱暴に流し場に突っ込むと、その場で服を脱ぎ捨て始めて冒険の支度を始めた。

 くびれたウェストに、出るところは出るプロポーションに一瞬、目を奪われてしまったが、僕は慌てて目を背け、流し場に突っ込まれた食器の片付けに取りかかった。


  ※ ※ ※


「ギャングウルフ!?」

 一階層にBランクの魔物が出るなんて、S級パーティーでも攻略できるかどうかの難易度だ。

 しかし、さすがは聖戦士の一人、賢聖のルナフレア。得意の魔法で難なく魔物を狩っていく。

 僕は何もすることなく、彼女の後をついていくだけだった。

 あっという間に十階層までたどり着くと、A級魔物フェンリルの群れを魔法で焼き尽くしたルナフレアが、僕の方に振り返りながら言う。


「今日はこんなところかな」


 一息つく彼女の後ろに、フェンリルの死体の山が築かれている。

 しかし、そのうちの一頭が突然起き上がったかと思うと、ルナフレアに向けて死に際の一撃を放った。

 背後からの突然の攻撃に反応しきれなかったルナフレア。だが、彼女の体に突き刺さるはずだったフェンリルの爪は、大きな音を立てて崩れていった。


 僕が、咄嗟に身体強化の魔法をルナフレアにかけたのだ。


 すぐさま反撃の態勢を整えたルナフレアは、フェンリルに鋭い眼光を浴びせる。


「ほう、私の火焔を受けても、まだ息をしているとはな。まあいい、今すぐ白灰にしてやる」


 特大の火炎魔法を唱えると、目の前のフェンリルは一瞬にして真っ白な灰と化した。

 魔物を全滅させた彼女は、僕の方に血相を変えて駆け寄ってくる。


「アルト! お前! 今の魔法はもしかして!?」


「え!?」


 まずい、余計なことをしてしまったか。許可を得ずに魔法をかけてしまったことを咎められているのかと思った。


「アルト、お前が使った魔法ってまさか…!?」


「……え、白魔法です」


「白魔法だと……!?」


「アルト、今すぐ家に戻るぞ!」


 ルナフレアは血相を変えたまま、僕の手を引いて家に向かった。

 僕は何が何だか分からなかったが、ルナフレアの表情から、僕が光魔法を使えないこと以上に何か深刻な事態なのだということだけは分かった。


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