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34話

「……終わったか?」


 ジャックスの声が、瓦礫の散乱した王都の一角に響いた。

 三人の聖戦士が、全力を叩きつけた。ルナフレアの超大魔法。ティーエの全力の一矢。ローザの渾身の斬撃。大陸最強と謳われる三人が、持てるすべてを同時に放った。


 それを受けて——傷一つない。


 服についた埃を払うかのようなジャックスの姿に、ルナフレアは唇を噛んだ。ティーエの弓を握る手が、微かに震えている。ローザの瞳が、信じられないものを見るように見開かれていた。


 三人の聖戦士が、言葉を失っていた。


「……化け物め」


 ルナフレアが低く吐き捨てた。

 その声を合図に、三人の空気が切り替わる。ティーエが弓を構え直し、ローザが剣の柄を握り直す。

 伊達に聖戦士の称号を持つわけではない。


「まだやるのか」


 ジャックスが嘲笑を浮かべた。


「何度やっても同じだぞ」


 ジャックスの言葉と同時に、三人が散開した。


   ◆ ◆ ◆


 ローザが前衛に出た。

 剣を構え、ジャックスとの間合いを詰める。斬撃を放つと同時に、ルナフレアの炎魔法がジャックスの側面を叩く。そこにティーエの氷矢が死角から飛来する。


 三方向からの同時攻撃。連携は完璧だった。


 アルトの白魔法が三人に流れ込んでいる。ルナフレアの魔力が底上げされ、ティーエの矢には冷気が凝縮され、ローザの剣速は跳ね上がっている。


 一瞬だけ、ジャックスの動きが止まった。三人の連携が、わずかにジャックスの体勢を崩す。


「……ほう」


 ジャックスの目が細くなった。


「少しはやるじゃないか」


 だが、それだけだった。

 次の瞬間――


 ローザの渾身の斬撃を、ジャックスはあろうことか素手で受け止めたのだ。剣聖の一閃を、片手で。


「な——っ」


 ローザの顔が強張る。それだけの衝撃が、腕を通じて全身を打った。

 ジャックスが剣を掴んだまま、もう片方の手を振るう。衝撃波がローザを弾き飛ばす。


 その一瞬の隙をついたティーエの矢が三本、同時にジャックスに突き刺さった。

 だが、ジャックスは矢を体に受けたまま、平然と立っていた。刺さった矢を無造作に引き抜き、地面に投げ捨てる。


「ふふふ……羽虫が止まったのかと思ったぜ」


 ティーエが奥歯を噛みしめた。

 三人が体勢を立て直す。連携を組み替えた。


 ルナフレアの魔力が削られ始めると、ローザが前に出てカバーする。ジャックスの拳をギリギリで剣で受け流し、ルナフレアが詠唱する時間を稼ぐ。


 ローザが押し込まれると、ティーエが援護の矢を放って間を作る。ジャックスの注意が一瞬逸れた隙に、ローザが態勢を立て直す。


 三人の連携は、歴戦の聖戦士として積み上げてきた信頼そのものだった。

 

 それでも——じわじわと、削られていく。

 

 ジャックスの攻撃は、一撃一撃が重い。受け流すたびに腕が痺れ、回避するたびに体力が奪われていく。対するジャックスは息一つ乱していない。

 聖戦士三人がかりでも、この化け物を倒せない。その現実が、じわりと全員の心に染み込んでいった。

 

  ◆ ◆ ◆


 僕は後方で、三人に白魔法を送り続けていた。

 ルナフレアさんの魔力を補充し、ティーエさんの集中力を維持し、ローザさんの傷を癒す。かけ続けている。ずっと、かけ続けている。


 でも——追いつかない。


 ルナフレアさんの魔法の威力が、目に見えて落ちてきた。僕の支援で魔力を補充しても、消費の方が上回っている。さっきまで三属性を同時展開していた彼女が、今は単属性の魔法を放つのがやっとだ。


 ティーエさんの矢筒が、残り数本になっていた。一射一射を慎重に選ばなければならなくなり、援護の間隔が空いていく。その隙をジャックスは見逃さない。


 そして——ローザさんが、庇いに出た。


 ルナフレアさんの詠唱中に突っ込んできたジャックスの前に、ローザさんが割って入った。剣で受け止めようとした。


 そんなローザさんを剣ごと、ジャックスの拳が吹き飛ばした。

 鈍い音が響き、ローザさんが、壁に叩きつけられる。


「ローザ!」


 ルナフレアさんが叫ぶ。

 ローザさんは壁にもたれかかりながら、ゆっくりと立ち上がった。口の端から、血が一筋流れている。それでも、剣を手放さなかった。

 震える腕で、剣を構え直す。


「……大丈夫よ。まだ立てるわ」


 その声が、かすれていた。

 僕は魔力を送り続ける。ローザさんの傷を癒そうと、白魔法を集中させる。傷は塞がった。でも、体力までは戻せない。蓄積した疲労は、白魔法でも消せなかった。

 焦りが、胸の中で膨れ上がっていく。


「このままじゃ……」


 三人が、どんどん追い詰められていく。

 ジャックスが笑っている。余裕の笑みだ。猫が鼠をいたぶるような、残酷な愉悦がその顔に浮かんでいる。


「どうした、聖戦士。もう終わりか?」


 ルナフレアさんが膝をつきかけた。すぐに立て直したが、肩で大きく息をしている。

 ティーエさんが矢筒に手を伸ばし——最後の一本を抜いた。

 ローザさんが剣を構えているが、もう片方の手で壁に体を支えている。


 三人が限界を迎えようとしている。


 僕は——何もできない。


 白魔法を送り続ける。それしかできない。でも、それだけじゃ足りない。圧倒的に、足りない。

 ジャックスがゆっくりと歩いてくる。とどめを刺すつもりだ。


 その時だった――


 ジャックスの顔に、一瞬だけ異変が走った。

 黒い力が脈動するたびに、ジャックスの表情が歪む。苦痛に。ほんの一瞬、まるで何かに抗っているような、そんな表情が——。

 他の三人は気づいていない。戦闘の最中で、そんな微かな変化に気を配る余裕などない。


 でも、僕には見えた。


 ジャックスの中で、何かがもがいている。黒い力の下に、まだ——ジャックス自身が残っている。


 頭の中で、ふと昔の記憶がよみがえる。


 ——白魔法は、光魔法の源流だ。かつて神だけが使えたとされる、神聖魔法の本流。


 なら——。


 僕は三人への支援を止めた。

 白魔法を、両手に集中させる。

 かつてないほどの魔力が、掌の中で渦を巻いた。純白の光が、夜の瓦礫を昼間のように照らし出す。


「アルト? 何を——」


 ルナフレアさんの声が聞こえた。


「おい、支援が途切れたぞ! アルト!」


 ティーエさんが叫ぶ。


「アルトちゃん!?」


 ローザさんが振り返る。

 三人の困惑した声を背に、僕はジャックスに向かって一歩踏み出した。


 そして——白魔法を、放った。


 ジャックスに向かって――。


「「「なぜ敵に——!?」」」


 三人が、同時に息を呑んだ。


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