31話
テーブルの上に、金貨が積み上がっていた。
今日の依頼の報酬だ。魔物の群れの討伐、街道の護衛、貴族の屋敷に忍び込んだ盗賊の排除。三つをこなして、これだけになった。
「今日も完璧だったな、リーダー」
ガルドが腕を組みながら言った。無骨な男が、珍しく口元を緩めている。
「屋敷の依頼、最後の一人の動きが読めなかった。あれを後ろから仕留めたのは見事だった」
「当然だろ」
ジャックスは酒を一口飲み、椅子に深く背を預けた。
「あのくらい読めなくてどうする」
「ふふ、頼もしいわね、リーダー」
シェラが笑いながら酒瓶を傾ける。
「最初にチラシを見て来た時は、正直どうかと思ったけど。今となっては、あなた抜きのパーティーなんて考えられないわ」
「俺も同感だ」
ガルドが静かに頷く。
当然だとばかりにジャックスは鼻を鳴らした。
郊外にある根城の窓の外をみると、遠くに王都の夜景が見える。どこかで「白翼の導き手」の噂を耳にするたびに、胸の奥がざわついていた。だが今は違う。
「白翼の導き手、か」
ジャックスは独り言のように呟いた。
「笑わせるな。あいつと俺じゃ、器が違う」
シェラが何かを言おうとしたが、やめた。
部屋の隅で、レンだけが無言で窓の外を眺めていた。
しばらくして、シェラが立ち上がった。
棚の奥から、酒瓶を一本取り出す。見たことのない瓶だった。中の液体が、黒みがかっている。普通の酒の色じゃない。
「ジャックス」
シェラがテーブルにその瓶を置いた。
「もっと強くなりたくない?」
ジャックスは瓶を一瞥した。
「……何が入ってる?」
「飲めば分かるわ」
シェラは答えない。ただ、笑っている。
ジャックスはその液体を見つめた。
普通じゃない。それは分かる。色が違う。匂いも違う。何かが、この液体には入っている。
普通の人間なら、ここで断っていただろう。
だが――
アルトの顔が、頭をよぎった。
聖戦士三人を率いる男。王都中で噂されるあの男。かつて「お荷物」と切り捨てた、あの雑用係の顔が。
(……強くなるためなら、なんだってする)
ジャックスは杯を取った。シェラが静かに液体を注ぐ。
一息で飲み干した。
最初は、何も感じなかった。
次の瞬間――
体の奥から、何かが湧いてきた。
熱い。血が沸騰するような熱さだ。全身の血管が広がって、どこか遠いところから力が流れ込んでくる感覚。今まで感じたことのない、圧倒的な何かが。
ジャックスはゆっくりと立ち上がった。
手が震えている。恐怖じゃない。力が溢れすぎて、体が追いつかない。
「……これが」
声が、自分でも分からないほど低くなっていた。
「これが、俺の本当の力か」
拳を握りしめる。血管が浮き上がるほど強く。
「ずっと――ずっと待ってた。こういう力を」
笑いが込み上げてくる。自分でも止められない。
「アルト……見てろよ。お前が手に入れられなかったものを、俺は手に入れた」
静寂の中、レンが立ち上がった。
ゆっくりと、こちらへ向かってくる。
そして――その姿が、変わった。
細身の青年の輪郭が揺らぎ、別の何かへと変容していく。肌の色が変わる。目が、人間のものではなくなる。部屋の空気が、一瞬で別のものになった。
魔族。
シェラとガルドも、静かに立ち上がった。二人の気配が、今まで感じたことのない何かに変わっていく。
ジャックスはその光景を、黙って見ていた。
杯をテーブルに置いた。ゆっくりと、静かに。
「……知ってた」
三人の視線が集まる。
「最初から気づいてた。お前らが人間じゃないってことを」
ジャックスは三人を順番に見た。
「それでも俺は強さが欲しかった。それだけだ」
沈黙が落ちた。
レンが、初めて笑った。
「……おもしろい」
低く、静かな声だった。
「お前みたいな人間は、初めて見た」
「次の依頼だ」
レンが静かに告げた。
「王都を壊滅させろ」
一瞬の沈黙。
ジャックスは窓の外を見た。夜の王都。無数の灯り。賑やかな声。
かつて自分を笑った連中がいる街。アルトを英雄と呼び、自分を忘れた連中がいる街。
ジャックスの口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。
「やってやろう」
剣の柄に手をかける。
「この力がどれほどのものか――俺を見下してきたやつら全員に、見せつけてやる」
レンが無言で頷いた。シェラが笑った。ガルドが静かに剣に手をかけた。
窓の外の灯りが、ジャックスの目に映っていた。




