表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/38

30話

 王都の外れ、石畳が途切れる手前にある古びた宿だった。


 ギルドの裏口に貼られていた紙には、この宿の名前と部屋番号だけが書かれていた。それ以外の説明は何もない。


 ジャックスは宿の扉の前で一度立ち止まり、自分の右手を見た。


(……本当にいくのか)


 怪しいのは分かっている。だが、足は止まらなかった。


 扉をノックすると、すぐに開いた。


「……何の用だ」


 出迎えたのは、長い黒髪の女だった。切れ長の目が、ジャックスを値踏みするように一瞥する。警戒心をあらわにした、冷たい視線だった。


「チラシを見た。加入したい」


「ふうん」


 女はジャックスを頭のてっぺんから足先まで眺めた。品定めするような、無遠慮な目だった。


「……まあ、入って。シェラよ」


 部屋の中には、あと二人いた。


 壁際に腕を組んで立つ、熊のような体格の男。年は五十がらみ。顔に古い傷跡が走っている。目が合うと、無言で顎をしゃくった。


「ガルドだ。よろしく頼む」


 低く、よく通る声だった。


 もう一人は、部屋の隅の椅子に静かに座っていた。二十代くらいの、細身の青年。こちらはジャックスの方を見ようともしない。ただ、窓の外をぼんやりと眺めていた。


「……あいつは?」


「レン。無口だけど、腕は確かよ」


 シェラが肩をすくめる。レンはそれでも振り向かなかった。


 ジャックスは三人を順番に眺めた。チラシに書かれていた肩書きが頭をよぎる。帝国最強の剣士。大陸指折りの魔法使い。そして素性不明の男。


(……本物か)


 実力者特有の、空気の重さがあった。


「で、あなたが?」


 シェラが腕を組んで聞いてきた。


「『蒼き翼竜』のリーダー、ジャックスだ」


「ふ~ん。『蒼き翼竜』ね~」


「口で言われても分からないわ。実力を見せてもらわないと、加入は認められない」


「……それで構わない」


 ジャックスは静かに答えた。


「実力を見てもらえるなら、それでいい」


 ◆ ◆ ◆


 翌日。王都近郊の森。


 依頼の内容は、魔物の討伐だった。近隣の村を荒らしているオーガの群れを片付けてほしいという、ギルドに持ち込まれた正規の依頼だ。


 ジャックスは最初、様子見のつもりだった。初めて組む相手の実力も分からない。焦らず、各自の動きを確認してから動けばいい。


 だが、森に入った瞬間から、何かがおかしかった。


 体が、軽い。


 いつもより剣が速く振れる気がする。足の踏み込みが深い。視界が、妙にはっきりしている。


(……なんだ、これは)


 考える間もなく、オーガの群れが飛び出してきた。


 ジャックスは反射的に剣を抜いた。


 一閃。


 二閃。


 自分でも信じられなかった。剣が吸い込まれるように急所を捉え、オーガが次々と倒れていく。体が動きを覚えているというより、体が動きを超えていく感覚だった。


「……!」


 群れの最後の一体が、ジャックスの剣で地に伏した。


 静寂。


 ガルドが、低く唸った。


「……見たことのない剣筋だ」


 無骨な男が、初めて表情を変えた。目を細め、ジャックスを真っ直ぐに見ている。


「俺は長年この稼業をやってきたが、あれほどの剣は見たことがない」


「……驚いた」


 シェラが、初めて表情を崩した。値踏みするような目が、少し丸くなっている。


「正直、たいした実力じゃないと思ってたわ。チラシに集まってくる連中なんて、だいたいそんなもんだから」


 シェラが続けた。


「でも、これは本物ね」


 ジャックスは答えなかった。


 胸の中で、何かが燃え上がっていた。


(……俺は、本物だった)


 ずっと疑っていた。アルトに負けたのは、運が悪かっただけだと言い聞かせながら、どこかで自分の実力を疑っていた。


 だが、違った。俺は本物だった。ただ、正しい場所にいなかっただけだ。


「なあ」


 ガルドが、ジャックスに向かって言った。


「俺たちのリーダーになってくれないか」


「……は?」


「俺たちには実力がある。だが、前に出て引っ張る者がいない」


 ガルドが静かに続けた。


「あんたの剣と判断力があれば、俺たちは本物のパーティーになれる」


「私もそう思うわ」


 シェラが頷く。


「ガルドとレンの力を束ねられるリーダーが、ずっと必要だったの。あなたみたいな人を待っていたわ」


 ジャックスはしばらく黙っていた。


 部屋の隅で、レンが初めてこちらを向いた。何も言わない。ただ、静かに頷いた。


「……分かった」


 ジャックスは剣を鞘に収めた。


「俺がリーダーをやる」


 ◆ ◆ ◆


 依頼を終えて宿に戻ると、レンが無言でジャックスの前に立った。


 手に、革袋を持っている。


 無言のまま、差し出してきた。


「……なんだ」


 受け取って中を開けると、金貨が詰まっていた。


 ジャックスは眉をひそめた。今日の依頼の相場を、頭の中で計算する。どう考えても、多すぎる。


「なんでこんなに……」


 レンは答えなかった。ただ、かすかに微笑んだ。その笑顔が、どこか空虚だった。


「それだけ私たちの仕事は価値があるってことよ」


 シェラが後ろから声をかける。


「気にしない気にしない。腕のいい連中が集まれば、依頼人だって相応の対価を払うものでしょ」


 ジャックスはもう一度、革袋の中を見た。


 おかしい。


 でも――今日の戦闘の高揚感が、まだ体の中に残っていた。あの剣筋。あの感覚。俺は本物だったという確信。


 違和感が、高揚感の波に飲み込まれていった。


「……そうだな」


 ジャックスは革袋を懐に収めた。


「次の依頼はいつだ」


「早速やる気ね、リーダー」


 シェラが笑う。ガルドが無言で頷く。

 レンは、窓の外を見ていた。その横顔に、感情はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ