3話
僕はいま、三人の聖戦士の一人・賢聖のルナフレアの家にいる。
ギャングウルフに襲われていたところを救われた僕は、彼女にパーティーを追放されたことや、新たなパーティーに入るためローラン王国に向かう途中だったことを伝えた。
「だったら、うちに来るか? すぐそこだから」
ルナフレアにそう誘われ、家に泊めてもらうことになったのだ。
聖戦士は、剣聖、賢聖、弓聖の三人いる。三人とも、僕の母の家で生活をしていたことがあった。勇者パーティーとして魔王討伐の旅に出る、その準備を整えるためだ。
僕はまだ五歳くらいの年齢だったと思う。おぼろげな記憶ながら、三人にはよく遊び相手になってもらっていた。
聖戦士は文字通り、剣聖は剣を極めし者。賢聖は賢者とも呼ばれ、魔法を極めし者。弓聖はどんな遠距離からでも正確に相手を射抜く、弓を極めし者だ。
当代にはそれぞれ一人しかその名を名乗れる者はおらず、冒険者の最上級であるS級を超える実力の持ち主。全世界の人々から魔王討伐の期待を背負う、いわば国の英雄だ。
その一人である賢聖のルナフレアが、いま僕の目の前にいる。
彼女の家は、森を見渡す人里離れた丘の上に、ぽつんと建てられた木造の一軒家だった。人里離れた場所で俗世との繋がりを断ち、魔法の研究に没頭する。いかにも賢聖の住まいといった外観をしていた。
しかし、一歩足を踏み入れると、想像とは全く違った光景が広がっていた。
部屋の中は、脱ぎ散らかした服や、エールを飲み干した後の空の木樽がそこら中に転がっている。大量の魔導書もあるにはあるが、乱雑に積まれ、少し触れただけで崩れ落ちてしまいそうだ。
(これが賢聖の家……!?)
「おお、そんなとこ突っ立ってないで座れってー」
戸惑う僕をよそに、ルナフレアは当たり前のように言う。
(座れと言われても、足の踏み場もないんだけど……)
「そこの物どかせば、座れるだろ?」
雪崩を起こさないように、恐る恐る椅子の上に積まれた布のようなものを掴み、どかそうとする。
「ぎゃっ!?」
僕が無造作に掴んだ布は、よく見ると女性ものの下着だった。
「ハッハハ、アルトもそういうお年頃になったってことか~。結構、結構!」
下着を手に顔を真っ赤に染める僕を見て、ルナフレアが愉快そうに笑う。
「はい、お茶でも飲んでゆっくりしてくれ。いま風呂の湯を沸かしてくるから」
そう言って、ルナフレアは家の外へ出ていった。
※ ※ ※ ※
僕はルナフレアが用意してくれた湯に浸かっていた。
湯加減はちょうどよく、体の芯から温まってくる。上を見上げると、満天の星空が広がっている。道中は湯に浸かることなんてなかったので、まさに極楽気分だった。
ジャックスの冷たい顔が脳裏に浮かぶが、今はそんなことはどうでもいい。何も考えずに、ただこの湯に身を任せていたかった。
「湯加減はどうだ~?」
「!?」
声のする方を振り返ると、ルナフレアがタオルを一枚だけ体に巻きつけて立っていた。一緒に風呂に入る気、満々の格好だ。
「なんだ、恥ずかしがることはないだろ。昔は風呂に入れてやってたんだぞ? 忘れたのか?」
「そんな昔のこと覚えてませんよ!」
「ほら、いいから、私も湯に入れてくれ」
僕の体を押しのけて、無理やり湯船に入り込んでくる。
「いや、僕、出ますんで……」
「この風呂、一人用ですよね?」
「いいから、いいから! いつも一人で風呂に入ってたんだ。たまには誰かと入りたいんだよ。ほら、裸の付き合いってやつだ」
湯船から上がろうとする僕を、ルナフレアが押し戻す。
一人用に作られた湯船に二人で入ると、ざっぱーんと音を立てて湯が溢れた。
母さんと同世代とはいえ、ルナフレアは二十代のような見た目をしている。肌もきめ細やかで、しっとりとした感触が、密着した肩越しに伝わってくる。
僕は、必死にルナフレアから目を背けていた。
「ハハハ、アルトも男になったんだな。私の体なんかを見て顔を赤らめるなんてな」
僕も男だ。肩越しに伝わる柔らかい感触に、一瞬見てしまったタオル一枚のルナフレアの姿が脳裏から離れない。
そんな僕をよそに、ルナフレアは上機嫌だった。
「あー、まさかあのちびアルトとまた会えるなんてな~。長生きしてみるもんだ。いつも以上に湯が気持ちいいぜ~」
こちらの緊張など知らぬげに、嬉しそうな表情で星空を眺めている。
そんな彼女の視線が、ふとこちらに向けられた。
(ま、まずい……)
必死に前傾姿勢を取る僕を見たルナフレアは、何かを察したのか、視線を僕の下半身の方に向ける。
(気づかれた……!?)
顔から火が出るほどの羞恥心を覚え、僕はいてもたってもいられなくなった。
「あ、いや、こ、これは……ち、違うんです……」
「ご、ご、ごめんなさい!」
風呂から飛び出そうとした僕の手を、ルナフレアがぎゅっと掴んだ。
「なに、謝ることはないさ。こっちにおいで」
「……え?」
頭の中が真っ白になり、自分がすべき行動がもはや分からなくなってしまった。腕を引っ張られるがままに、ルナフレアに引き寄せられる。
「私の体なんかで、興奮してくれたのか?」
「い、いや……そ、そういうわけじゃ……」
「フハハハ、その感じ、アルトはまだか!」
ただでさえ赤くなっていた顔は、薄暗がりの中で発光しているんじゃないかと思うほど、真っ赤になっていたと思う。
「どれどれ、ちゃんと大人になったのか見せてみろ」
「絶対いやです!」
無理やり僕の腕を引っ張ろうとするルナフレアの手を振り払って、僕は一目散に逃げ出した。
「ハハハ、ルビス~! 聞いてるか~?」
「アルトも立派な男になったぞ~!」
星空に向かってルナフレアが嬉しそうに叫ぶ声を、僕は顔を真っ赤にしながら聞いていた。




