28話
廊下から、物音がした。
重い足音。複数。抑えようとしているが、慣れていない。
ローザはアルトの頭をそっと床に下ろし、静かに立ち上がった。
扉に向かいながら、表情が消えた。
廊下に出ると、三人の男が立っていた。腰に剣。目が据わっている。
「ちっ、女か」
「邪魔すんな。大人しくしてりゃ傷つけねえ」
ローザは何も言わなかった。
ただ、静かに一歩前に出た。
「……アルトちゃんの眠りを邪魔するなんて」
声は穏やかだった。いつもと同じ、柔らかい声だった。
ただ、目が笑っていなかった。
「万死に値するわね」
一瞬の静寂。
そして、短い悲鳴と、鈍い音が三つ。
それだけだった。
◆ ◆ ◆
ローザは部屋に戻り、アルトの頭をもう一度膝の上に乗せた。
返り血は一滴もついていない。髪も乱れていない。エプロンのしわ一つ増えていなかった。
「さあ、続きをしましょうか、アルトちゃん」
聖母のような笑顔で、耳かきを持ち直した。
◆ ◆ ◆
翌朝。
「よく眠れました!」
アルトが食堂に降りてきた時、その顔は昨日の疲れが嘘のようにすっきりしていた。
「あら、よかったわ」
ローザが朝食を運びながら微笑む。
「なんか、すごく気持ちよく寝られた気がします。途中で全然目が覚めなくて」
「それは良かったわね」
「アルトたん、顔色いいでしゅ。何かいいことあったでしゅか?」
ティーエが首を傾げる。
「ローザさんに耳掃除してもらったら、そのまま寝ちゃって」
「ほう」
ルナフレアが面白そうな目でローザを見た。
「昨夜、何かあった?」
「何もないわよ」
ローザはにこりと笑った。
「ただ、アルトちゃんのお耳を掃除してあげただけ」
ルナフレアとティーエは顔を見合わせた。何かを探るように、廊下に目をやる。
そこには、壁一面に走る無数の刀傷があった。
「……ローザ」
「なあに?」
「お前、昨夜……」
「朝ごはん、冷めちゃうわよ」
ローザは何事もなかったように席に着き、アルトの皿にスープをよそった。
「アルトちゃん、今日もたくさん食べてね」
「はい! いただきます!」
何も知らないアルトが、元気よく箸を取る。
ルナフレアとティーエは、壁の刀傷と、聖母のような笑顔のローザを交互に見て、静かに黙り込んだ。




