25話
「うぅ……頭痛い……」
ルナフレアさんがベッドで死んでいた。
比喩ではなく、本当に死んだような顔をしている。顔色は真っ青で、時折うめき声を上げている。
「あれだけ飲めばそうなるわよ」
ローザさんが呆れた顔で、濡れた布をルナフレアさんの額に乗せる。
「魔王討伐に旅立つ前に、肩慣らしでギルドの依頼でも受けようと思ってたのに」
「自業自得でしゅ」
ティーエさんがばっさり切り捨てた。
「ルナフレアは置いていけばいいでしゅ。アルトたん、二人で依頼受けに行きましゅよ!」
「え、二人で?」
「私はルナフレアを看病してるわ」
ローザさんが苦笑する。
「あまり危険な依頼は受けないでね」
「わかってるでしゅ。行きましゅよ、アルトたん!」
ティーエさんに腕を引っ張られ、僕は宿を後にした。
王都クラウディアの冒険者ギルドは、アリアローゼのそれとは比べ物にならない規模だった。
三階建ての大きな建物。中に入ると、大勢の冒険者たちが依頼掲示板の前に群がっている。
受付カウンターに向かい、ティーエさんが声をかけた。
「何か手頃な依頼はあるか?」
受付嬢が顔を上げ——そして、固まった。
「え……弓、聖……様……?」
顔が真っ青になっている。
「しょ、少々お待ちください!ギルド長を呼んできます」
受付嬢は慌てて立ち上がると、事務所の奥へ駆け込んでいった。
その様子を見ていた周囲の冒険者たちが、ざわめき始める。
「おい、今……弓聖って言ったか?」
「マジかよ。あのエルフ、弓聖様なのか……?」
「目を合わせるな。殺されるぞ」
冒険者たちが、僕たちから距離を取っていく。
「笑ったところを見た者がいないって話だ。感情がないらしい」
「おい、声が大きい。聞こえたら終わりだぞ」
ひそひそとした会話。しかし、それすらも怯えた声だ。
畏怖と緊張。誰もがティーエさんを恐れている。
……この人は、本当にすごい人なんだ。
僕なんかとは、格が違う。
しばらくすると、奥から恰幅のいい男性が血相を変えて飛び出してきた。
どうやらギルド長らしい。
「弓聖様! ようこそおいでくださいました!」
深々と頭を下げる。平身低頭とはまさにこのことだ。
「こ、このような場所ではなんですので、どうぞ別室へ……!」
「構わない。手頃な依頼があれば、それだけでいい」
「は、はい! ただ、せめて別室で詳細のご説明を……」
ギルド長に促されるまま、僕たちは別室へ案内された。
豪華な応接室。ギルド長は終始平身低頭で、王都近郊の魔物討伐の依頼を説明してくれた。
ティーエさんは、冷静で威厳のある態度で対応している。背筋を伸ばし、声も普通の口調だ。
これが、弓聖としての、エルフの族長としてのティーエさんなのか。
「では、その依頼を受けよう」
「ありがとうございます! 弓聖様に受けていただけるとは、光栄の極みでございます!」
何度も頭を下げるギルド長に見送られ、僕たちはギルドを後にした。
建物を出た瞬間——
「——ふぅ〜、やっと終わったでしゅ〜」
「お疲れ様で——」
言い終わる前に、ティーエさんが飛びついてきた。
「もう限界だったでしゅ〜!」
「ちょ、ティーエさん!?」
「アルトたん、ギルドの中でずっと可愛かったでしゅ〜!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
「緊張してる顔とか、きょろきょろしてる顔とか、たまらなかったでしゅ〜!」
「そ、外ですよ!? 人が見てますって!」
「我慢してたでしゅ! ずっとぎゅーしたかったでしゅ〜!」
通りすがりの人々が、驚いた顔でこちらを見ている。
さっきまで弓聖として恐れられていた人が、往来で僕に抱きついて「ぎゅーしたかった」と叫んでいる。
笑ったところを見た者がいない? 感情がない?
誰だ、そんな噂を流したのは。
「ティーエさん、離れてください……恥ずかしいです……」
「やでしゅ〜」
全く離れる気配がない。
僕は深くため息をついた。




