23話
王都クラウディア。
ローラン王国の中心にして、大陸最大の都市。石造りの城壁に囲まれた街は、朝から人々の活気で溢れていた。
「すごい……こんなに大きな街、初めて見ました」
「まあ、王都だからな」
ルナフレアさんが当然のように言う。
石畳の大通りを四人で歩く。露店が立ち並び、威勢のいい声が飛び交う。行き交う人々の数も、アリアローゼとは比べ物にならない。
「アルトたん、迷子にならないようにティーたんと手を繋ぐでしゅよ」
「大丈夫ですって……」
「遠慮しなくていいんでしゅよ?」
「あらあら、ティーエったら」
ローザさんが苦笑する。
賑やかな通りを歩いていると、ふと、見覚えのある風景が目に入った。
広場に続く石畳。小さな噴水。その向こうに見える花屋の軒先。
僕は思わず足を止めた。
「……アルト?」
ルナフレアさんが振り返る。
記憶が蘇る。霞がかった、遠い記憶。
——ねえ、アルト。お花、きれいね。
——おかあさん、おはな! きれい!
——ふふ、そうね。
小さな手を握る、温かい手の感触。優しい笑顔。
「……昔、母さんとここに来たことがあるんです」
「そうか」
ルナフレアさんは、それ以上何も言わなかった。ただ静かに、僕が歩き出すのを待っていてくれた。
「……行きましょう」
僕は前を向いた。
王城の謁見の間。
高い天井から陽光が差し込み、赤い絨毯が玉座まで続いている。
玉座に座るのは、白髪の老王。レオナルド陛下。深い皺が刻まれた顔には、長年この国を治めてきた者だけが持つ威厳が宿っていた。
その両脇には、貴族と思しき者たちが居並んでいる。
「よく来た、聖戦士たちよ」
重厚な声が、謁見の間に響く。
「お久しぶりでございます、陛下」
ルナフレアさんが代表して、恭しく頭を下げる。
……驚いた。
その所作は完璧だった。背筋はぴんと伸び、声には凛とした響きがある。普段、酒を飲んでだらけている姿からは想像もつかない。
これが、聖戦士としてのルナフレアさんなのか。
ローザさんも優雅に礼をする。ティーエさんは頭を下げたものの、その動作はどこか形式的だった。エルフの族長と人間の王。敬意はあれど、そこには微妙な距離がある。
僕は三人の後ろに控え、緊張で息を殺していた。
「して、そちらの者は?」
国王の視線が、僕に向けられる。
「はっ。勇者ルビスの息子、アルトにございます」
ルナフレアさんが紹介する。
「ほう……ルビスの息子か」
国王が興味深そうに目を細めた。
「近う寄れ」
「は、はい……!」
僕は慌てて前に出て、膝をつく。
国王はじっと僕を見つめた。
「……ルビスに似ておるな。特にその目が」
「あ、ありがとうございます」
「ルビスには世話になった。彼女がいなければ、この国は十年前の魔族の侵攻で滅んでいただろう」
その時だった。
「陛下、お言葉ですが」
居並ぶ貴族の一人が、一歩前に出た。
「勇者ルビスの功績は誰もが認めるところ。しかし、その息子は光魔法を使えぬと聞いております」
僕の心臓が跳ねる。
「勇者とは、光魔法を使いこなし、シャイディーンで魔王に挑む者のこと。それを使えぬ者が、勇者パーティーを名乗るのですか?」
貴族の言葉に、周囲がざわめく。
「白魔法しか使えぬと聞いております。支援魔法だけで、魔王討伐など務まるのでしょうか」
別の貴族も同調する。
反論したかった。でも、言葉が出てこない。
彼らの言うことは、正しいからだ。僕は光魔法が使えない。シャイディーンなど、夢のまた夢だ。
「——白魔法が、支援魔法だと?」
静かな声が響いた。
ルナフレアさんだ。
さっきまでの穏やかな雰囲気が、嘘のように消えていた。
「お前たち、白魔法が何か知っているのか?」
その声には、温度がなかった。
「白魔法は、光魔法の源流だ。かつて神だけが使えたとされる、神聖魔法の本流。光魔法は、人間がそれを模倣して生み出したもの」
「な……」
「現代で白魔法を使える者は、この子以外にいない。それがどれだけ稀有なことか、分からんのか」
貴族たちの顔が強張る。
「し、しかし……理屈はどうあれ、実戦で——」
「実戦?」
ルナフレアさんの目が、すっと細まった。
次の瞬間。
空気が、変わった。
ルナフレアさんは表情一つ変えていない。ただ立っているだけだ。
なのに——謁見の間にいる全員が、息を呑んだ。
貴族たちの顔から血の気が引いていく。足が震え、立っているのがやっとという者もいる。
圧倒的な魔力。それが、静かに、しかし確実に場を支配していた。
……これが、ルナフレアさん。
僕の知っている、だらしなくて、お酒が好きで、デリカシーのないお姉さん。
その正体は——こんなにも、圧倒的な存在だったのか。
「私が認めた」
ルナフレアさんは、淡々と言った。
「それで不足か?」
誰も、何も言えなかった。
反論できる者など、いるはずがなかった。
目の前にいるのは、聖戦士。三人しかいない、大陸最強の称号を持つ者。
その一人が「認めた」と言っているのだ。
「……よい」
沈黙を破ったのは、国王だった。
「聖戦士が認めた者ならば、余も認めよう」
国王の声には、微かな笑みが含まれていた。
「して、お前たちのパーティー名は何という?」
「……それが、まだ決まっておりません」
ルナフレアさんが、少しバツが悪そうに答える。さっきまでの威圧感が嘘のようだ。
「なんと。勇者パーティーを名乗るのに、名がないとは」
国王は呆れたように——しかし、どこか楽しそうに言った。
「では、余が考えてやろう」
少し考え込むように目を閉じ、そして開く。
「『白翼の導き手』。それがお前たちの名だ」
「……白翼の、導き手」
僕は思わず繰り返した。
「アルトの白き魔法。そして聖戦士という翼。この世界を導く者たちに、ふさわしい名であろう」
国王は立ち上がり、厳かに宣言した。
「ここに『白翼の導き手』を正式な勇者パーティーとして認定する。魔王討伐の任を託そう」
四人で深く頭を下げる。
顔を上げた時、ルナフレアさんがちらりとこちらを見て、小さく笑った。
——任せておけ、と言わんばかりに。
宿に戻るなり、ルナフレアさんは大きく伸びをした。
「あ゛ーーーっ、疲れた!」
さっきまでの威厳ある姿はどこへやら。
「肩凝った……謁見とか本当苦手なんだよ」
「お疲れ様。でも、さすがだったわね」
ローザさんが労う。
「あの貴族たちの顔、傑作だったでしゅね」
ティーエさんがくすくす笑う。
「ルナフレアさん、すごかったです。あの……ありがとうございました」
僕が頭を下げると、ルナフレアさんはひらひらと手を振った。
「いいっていいって。あいつらの方が間違ってるんだから」
そう言いながら、ルナフレアさんは自分の部屋に向かう。
僕たちも休もうと思ったその時——
「——っていうか、もうこんな堅っ苦しい服着てらんないわよ!」
ルナフレアさんが、突然、謁見用に着込んでいたローブを脱ぎ始めた。
「ちょ……っ!?」
僕は慌てて目を逸らす。
「ル、ルナフレアさん!? 僕いるんですけど!?」
「ん? 何、見られて減るもんじゃないでしょ」
「いや、そういう問題じゃ……!」
バサッと音がして、何かが床に落ちる気配。
「あー、楽になった」
「見ないでしゅ! アルトたんは絶対見ちゃダメでしゅ!」
ティーエさんが僕の目を両手で塞ぐ。
「ティーエ、あんたも脱ぎなさいよ。楽になるわよ」
「嫌でしゅ! ルナフレアはデリカシーがなさすぎましゅ!」
「あらあら……」
ローザさんの呆れた声が聞こえる。
これが、さっき貴族たちを震え上がらせた聖戦士の姿だとは、誰が信じるだろうか。
「よし、着替えたし、飲みに行くわよ!」
ルナフレアさんが、上機嫌で宣言した。
「え、まだ昼間ですよ?」
「だから飲みに行くんでしょ。一杯だけ付き合いなさい」
「私はパスするわね。少し休みたいの」
ローザさんが辞退する。
「ティーたんもパスでしゅ。アルトたん、行っちゃダメでしゅよ」
「大丈夫だって。一杯だけだから」
ルナフレアさんは、僕の腕を掴んでずるずると引っ張っていく。
「あっ、ちょっと……!」
「アルトたーーーん!」
ティーエさんの悲痛な叫びを背に、僕は酒場へと連行された。




