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22話

 魔族軍を撃退した翌朝。僕たちは街の宿屋に身を寄せていた。


「アルトちゃん、そこの野菜を取ってくれる?」


「はい、ローザさん」


 宿の厨房を借りて、ローザさんが朝食を作っている。僕はその手伝いだ。

 手際よく食材を切り分けるローザさんの横顔は、昨日の戦場で魔物を斬り伏せていた剣聖とは思えないほど穏やかだった。


「アルトたん、味見してあげるでしゅ〜」


 背後からティーエさんがぴったりと張り付いてくる。


「ティーエさん、ちょっと動きづらい……」


「ティーたんって呼んでくれたら離れてあげましゅ」


「いや、それは……」


「あらあら、ティーエ。アルトちゃんが困っているわよ」


 ローザさんが苦笑しながら言う。


「だって、アルトたんが可愛いのがいけないんでしゅ」


 全く悪びれない。この人が里を統べる族長だとは、未だに信じられない。


「おーい、まだかー? 腹減ったー」


 食堂の方から、ルナフレアさんの声が響く。すでに朝から酒を飲んでいるらしい。


「もう少しでできるから待ってなさい」


「ちぇー」


(この人たちが、聖戦士……)


 伝説に語られる最強の三人。その実態がこれだとは、誰も想像しないだろう。


 朝食ができあがり、四人でテーブルを囲んだ。

 色とりどりの野菜に、こんがり焼けたパン、ふわふわのオムレツ。ローザさんの料理は見た目も味も完璧だった。


「うまい! さすがローザだな」


「あら、ありがとう。アルトちゃんが手伝ってくれたおかげよ」


「アルトたんが作ったところ、どこでしゅか!? そこだけ食べましゅ!」


「全部混ざってるから分からないですよ……」


 和やかな空気の中、食事が進む。

 ふと、ルナフレアさんが酒を置いて、僕の方を見た。


「なあ、アルト」


「はい?」


「お前、ルビスのこと……母親のこと、どこまで覚えてる?」


 急な質問に、少し戸惑った。


「……断片的にしか。お母さんが家を出たとき僕は五歳だったので」


「そうか。どんなことを覚えてる?」


 僕は記憶を辿った。曖昧で、霞がかかったような記憶。でも、確かに温かいもの。


「……頭を撫でてもらったこと。あと、子守唄を歌ってもらったこと」


「子守唄か。ルビスのやつ、歌なんて歌ったのか」


 ルナフレアさんが意外そうな顔をする。


「戦ってる時は怖いくらい真剣な顔してたからな。想像つかん」


「私は見たことがありましゅ」


 ティーエさんが静かに言った。珍しく、普通の口調に近い。


「アルトたんが生まれた時、ルビスは誰よりも嬉しそうだった。あんな顔、見たことがなかった」


「……そうだったんですか」


「ええ。本当に、宝物のように抱いていたわ」


 ローザさんも頷く。

 三人の言葉が、僕の知らない母の姿を少しずつ浮かび上がらせていく。


「あと……母さんに言われた言葉で、覚えてることがあります」


「なんだ?」


「“アルトは特別な子だよ”って」


 三人の表情が、一瞬だけ変わった気がした。


「……その意味、分かるか?」

「いえ……当時は分からなくて。今も、よく分かりません」


 沈黙が落ちる。

 ルナフレアさんが、静かに酒を飲み干した。


「……アルト。お前、母親の最期に何があったか、聞いたことあるか?」


「……魔王ヴァンデルに殺された、とだけ」


「そうか」


 ルナフレアさんは目を閉じた。まるで、あの日のことを思い出しているように。


「私たち三人は、ルビスの最期を看取った」


「……」


「あいつは最後に、私たちにこう言ったんだ。“あの子を頼む”と」


 胸の奥が、じわりと熱くなる。


「そして、もう一つ」


 ルナフレアさんが目を開け、僕を真っ直ぐに見た。


「“あの子は、私とは違う。神に選ばれた子だ”」


「そこで、ルビスは息を引き取った。続きは、分からない」


 神に選ばれた子。

 ルナフレアさんから聞いた、白魔法の話が頭をよぎる。神だけが使えたはずの魔法。光魔法の源流。


「……当時は、何を言ってるのか分からなかった。でも、今なら少し分かる」


 ルナフレアさんが続けた。


「アルトの白魔法。あれは、ルビスが言っていた『力』なんだと思う」


「……」


「ただ、なぜお前が神の魔法を使えるのか。それは、私たちにも分からない」


 静寂が訪れた。

 僕は、自分の手を見つめた。この手から放たれる白魔法。神の魔法。母さんが、“希望”と呼んだ力。


「……母さんは」


 声が震えそうになるのを堪えた。


「母さんは、僕のことを……最後まで思っていてくれたんですね」


「ああ。誰よりもな」


 ルナフレアさんが、静かに頷いた。


「だから、私たちも信じてる。お前の力を。お前自身を」


「私もでしゅ」


「私もよ、アルトちゃん」


 ローザさんが、優しく微笑んだ。


「あなたのお母様の遺志、私たちが一緒に継いでいくわ」


 三人の言葉が、胸に染み込んでいく。

 涙は出なかった。でも、心の奥で何かが満たされていくのを感じた。


「……ありがとうございます」


 僕は頭を下げた。


「僕、母さんの代わりに……いえ、母さんと一緒に、ヴァンデルを倒します」


「よく言った」


 ルナフレアさんが、にやりと笑った。


「じゃあ、正式にパーティー結成だな!」


「あら、そういえばパーティー名を決めてなかったわね」


「そうでしゅね。何がいいでしゅか?」


「そうだな……『ルビスの遺志を継ぐ者たち』とか?」


「長い」


「却下でしゅ」


「じゃあお前ら考えろよ!」


「『アルトたんを守る会』」


「却下だ」


「あらあら、『白銀の聖戦士たち』なんてどう?」


「……悪くないが、なんか恥ずかしいな」


「ルナフレアが恥ずかしがるなんて珍しいでしゅね」


「うるさい」


 結局、パーティー名は決まらなかった。


「まあ、名前は追々決めるとして」


 ルナフレアさんが真剣な顔になった。


「魔王を討伐するなら、正式に『勇者パーティー』として認められる必要がある」


「……勇者パーティー?」


「ああ。国から正式に魔王討伐の任を受けた者たちのことだ。ルビスの時もそうだった」


「それには、国王陛下に謁見して、認可を受けなければならないわね」


 ローザさんが補足する。


「ローラン王国の国王……か」


 ティーエさんが腕を組んだ。


「面倒でしゅが、正式な手続きを踏まないと、各国の協力も得られない。魔王討伐は一パーティーだけでできることじゃないでしゅ」


「ティーエの言う通りだ。まずは王都に向かおう」


 ルナフレアさんが立ち上がった。


「アルト、お前にとっては初めての王都だな。緊張するか?」


「……少しだけ」


「ハハハ、大丈夫だ。私たちがついてる」


 ルナフレアさんが僕の肩を叩いた。

 王都。国王への謁見。そして、正式な勇者パーティーとしての出発。

 母さんが歩んだ道を、今度は僕が歩く。

 窓の外では、朝日が街を明るく照らしていた。新しい旅立ちの日だ。


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