21話
アルトの差し伸べた手を、ジャックスはじっと見つめていた。助けを求めれば楽になれる。それは分かっていた。だが、プライドがそれを許さなかった。
長い沈黙の後、ジャックスはその手を――払いのけた。
「お前なんかに……助けられる筋合いはねえ……!」
震える声で吐き捨て、よろめきながらも自力で立ち上がろうとする。しかし足がもつれ、また泥の中に倒れ込んだ。
周囲から失笑が漏れる。さっきまで「俺は蒼い翼竜のリーダーだ」と叫んでいた男が、泥の中で何度も転んでいる。これ以上ない惨めな姿だった。
アルトは悲しそうな目でその様子を見つめていたが、無理に助けようとはしなかった。その時だった。
「アルト!? アルトなの!?」
町の冒険者たちの中から、二人の女性が駆け寄ってきた。一人は赤い髪をした魔法使い。もう一人は緑の髪をした僧侶。アルトは一瞬目を疑った。
「エレナ、ユミル……!?」
かつて『蒼い翼竜』でアルトと共に戦った仲間たちだった。
「本当にアルトだ! 信じられない……!」
エレナが目を潤ませながらアルトの手を握る。
「私たち、ジャックスと別れた後、この町を拠点にしてるの。まさかここで会えるなんて……」
「すごいじゃない! 聖戦士様たちと一緒にいるなんて……!」
ユミルもアルトの姿を上から下まで見て、感嘆の声を上げた。
「あの時追放されて、どうなったかと思ってたのに……こんなに立派になって……」
二人は心からアルトの成長を喜んでいた。ルナフレアが興味深そうに口を挟む。
「へえ、アルトの昔の仲間?」
「はい。僕が『蒼い翼竜』にいた頃、一緒に冒険してたんです」
アルトが説明すると、エレナとユミルは聖戦士たちに深々と頭を下げた。
「アルトがお世話になっています。本当にありがとうございます」
そして、二人はアルトに向き直ると、真剣な表情で頭を下げた。
「アルト、ごめんなさい」
「あの時、私たち何もできなくて……」
エレナが声を震わせる。
「ジャックスの言うままに、あなたを追放するのを止められなかった。本当は分かってたの。パーティーがうまくいってたのは、あなたの支援があったからだって」
ユミルも涙ぐみながら続けた。
「ジャックスと別れてから、痛いほど分かったわ。あなたがいないと、私たち全然戦えなかった……。新しいパーティーで白魔導士さんに支援してもらって、初めて気づいたの。アルトの支援が、どれだけ特別だったか」
アルトは二人を責めることなく、穏やかに微笑んだ。
「二人は関係ないよ。あの時、止めに入ってくれたじゃないか。……僕の方こそ、心配かけてごめん」
「アルト……」
その優しさに、二人の目からは涙がこぼれ落ちた。温かな再会の光景。しかし、その全てを見ている男がいた。
ジャックスだ。
泥の中から、かつての仲間たちの姿を見つめていた。自分ではなく、アルトの周りに集まる二人。自分を追い越していった「雑用係」を称え、涙まで流している。かつて自分に従っていた仲間たちが、今は自分に目もくれない。
エレナがふと、ジャックスの方を見た。目が合う。しかし、エレナはすぐに視線を外し、ユミルの肩を叩いた。
「……行こう、ユミル。私たちのパーティーに戻らなきゃ」
「うん……。アルト、また会えてよかった。頑張ってね」
二人はアルトに笑顔で手を振り、そして――ジャックスには一言も声をかけることなく、去っていった。
町人たちの歓声。聖戦士たちへの称賛。アルトを囲む温かな空気。その全てから切り離されたように、ジャックスは一人、よろめきながら立ち上がった。
そして、誰にも声をかけず、歩き出した。
「あら、あなたどこに行くの? まだ怪我の手当てが……」
ローザが心配そうに声をかける。しかし、ジャックスは振り返らなかった。
「……関係ねえだろ」
その背中は、かつての威勢のよさなど微塵もなかった。
ただ惨めに。ただ孤独に。夜の闇へと消えていく、一人の男の後ろ姿。
アルトはその背中を、複雑な表情で見送っていた。
「……ジャックス」
かつて自分を追放した男。罵倒し、見下し、母親のことまで侮辱した男。それでもアルトは、その背中から目を逸らすことができなかった。
「アルトちゃん、あの人のこと気になる?」
ローザが優しく問いかける。
「……昔の、仲間だったので」
「そう……」
ローザは何も言わず、ただアルトの肩にそっと手を置いた。夜空には、冷たい星々が瞬いていた。




