表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/38

21話

 アルトの差し伸べた手を、ジャックスはじっと見つめていた。助けを求めれば楽になれる。それは分かっていた。だが、プライドがそれを許さなかった。


 長い沈黙の後、ジャックスはその手を――払いのけた。


「お前なんかに……助けられる筋合いはねえ……!」


 震える声で吐き捨て、よろめきながらも自力で立ち上がろうとする。しかし足がもつれ、また泥の中に倒れ込んだ。

 周囲から失笑が漏れる。さっきまで「俺は蒼い翼竜のリーダーだ」と叫んでいた男が、泥の中で何度も転んでいる。これ以上ない惨めな姿だった。


 アルトは悲しそうな目でその様子を見つめていたが、無理に助けようとはしなかった。その時だった。


「アルト!? アルトなの!?」


 町の冒険者たちの中から、二人の女性が駆け寄ってきた。一人は赤い髪をした魔法使い。もう一人は緑の髪をした僧侶。アルトは一瞬目を疑った。


「エレナ、ユミル……!?」


 かつて『蒼い翼竜』でアルトと共に戦った仲間たちだった。


「本当にアルトだ! 信じられない……!」


 エレナが目を潤ませながらアルトの手を握る。


「私たち、ジャックスと別れた後、この町を拠点にしてるの。まさかここで会えるなんて……」


「すごいじゃない! 聖戦士様たちと一緒にいるなんて……!」


 ユミルもアルトの姿を上から下まで見て、感嘆の声を上げた。


「あの時追放されて、どうなったかと思ってたのに……こんなに立派になって……」


 二人は心からアルトの成長を喜んでいた。ルナフレアが興味深そうに口を挟む。


「へえ、アルトの昔の仲間?」


「はい。僕が『蒼い翼竜』にいた頃、一緒に冒険してたんです」


 アルトが説明すると、エレナとユミルは聖戦士たちに深々と頭を下げた。


「アルトがお世話になっています。本当にありがとうございます」


 そして、二人はアルトに向き直ると、真剣な表情で頭を下げた。


「アルト、ごめんなさい」


「あの時、私たち何もできなくて……」


 エレナが声を震わせる。


「ジャックスの言うままに、あなたを追放するのを止められなかった。本当は分かってたの。パーティーがうまくいってたのは、あなたの支援があったからだって」


 ユミルも涙ぐみながら続けた。


「ジャックスと別れてから、痛いほど分かったわ。あなたがいないと、私たち全然戦えなかった……。新しいパーティーで白魔導士さんに支援してもらって、初めて気づいたの。アルトの支援が、どれだけ特別だったか」


 アルトは二人を責めることなく、穏やかに微笑んだ。


「二人は関係ないよ。あの時、止めに入ってくれたじゃないか。……僕の方こそ、心配かけてごめん」


「アルト……」


 その優しさに、二人の目からは涙がこぼれ落ちた。温かな再会の光景。しかし、その全てを見ている男がいた。


 ジャックスだ。


 泥の中から、かつての仲間たちの姿を見つめていた。自分ではなく、アルトの周りに集まる二人。自分を追い越していった「雑用係」を称え、涙まで流している。かつて自分に従っていた仲間たちが、今は自分に目もくれない。


 エレナがふと、ジャックスの方を見た。目が合う。しかし、エレナはすぐに視線を外し、ユミルの肩を叩いた。


「……行こう、ユミル。私たちのパーティーに戻らなきゃ」


「うん……。アルト、また会えてよかった。頑張ってね」


 二人はアルトに笑顔で手を振り、そして――ジャックスには一言も声をかけることなく、去っていった。

 

 町人たちの歓声。聖戦士たちへの称賛。アルトを囲む温かな空気。その全てから切り離されたように、ジャックスは一人、よろめきながら立ち上がった。


 そして、誰にも声をかけず、歩き出した。


「あら、あなたどこに行くの? まだ怪我の手当てが……」


 ローザが心配そうに声をかける。しかし、ジャックスは振り返らなかった。


「……関係ねえだろ」


 その背中は、かつての威勢のよさなど微塵もなかった。


 ただ惨めに。ただ孤独に。夜の闇へと消えていく、一人の男の後ろ姿。


 アルトはその背中を、複雑な表情で見送っていた。


「……ジャックス」


 かつて自分を追放した男。罵倒し、見下し、母親のことまで侮辱した男。それでもアルトは、その背中から目を逸らすことができなかった。


「アルトちゃん、あの人のこと気になる?」


 ローザが優しく問いかける。


「……昔の、仲間だったので」

「そう……」


 ローザは何も言わず、ただアルトの肩にそっと手を置いた。夜空には、冷たい星々が瞬いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ