20話
オーガを真っ二つにした白銀の閃光――その正体は、一人の女性の剣撃だった。金色の長い髪をなびかせ、剣を構えた女性が立っている。
山の上で温かいスープを作り、「こんなおばさんでよければ」と微笑んでいた、あの柔和な雰囲気はどこにもない。戦場に立つ彼女は、まさに「剣聖」の名にふさわしい威圧感を放っていた。
「間に合ってよかったわ」
穏やかな声。しかし、その目は鋭く戦場を見据えている。
剣聖ローザ。三聖戦士の一人にして、剣を極めし者。その名は大陸中に轟いているが、実際にその剣技を目にした者は少ない。彼女は人里離れた霊峰で隠遁生活を送っていたからだ。
だが今、その伝説の剣聖が戦場に立っている。
魔王軍の魔物たちが、新たな敵の出現に気づき、ローザに襲いかかった。下級魔物が五体、中級魔物が二体。通常のパーティーなら撤退を考える数だ。
しかし、ローザは微動だにしない。
最初の一体が爪を振り下ろした瞬間、ローザの姿が消えた。いや、消えたのではない。あまりにも速く動いたため、目で追えなかったのだ。
気づいた時には、五体の下級魔物が同時に崩れ落ちていた。
「あらあら、おばさんを囲むなんて、若い子たちは元気ねえ」
冗談めかした口調とは裏腹に、彼女の剣には一滴の血もついていない。あまりにも鋭い斬撃は、血が刀身につく暇すら与えなかったのだ。
残った中級魔物たちが怯んだ。本能的に、目の前の存在が自分たちとは格が違うことを悟ったのだろう。だが、逃げる暇は与えられなかった。
その時、ローザの体が白い光に包まれた。
「身体強化!」
アルトが後方から支援魔法をかけたのだ。瞬間、ローザの全身に電流が走ったような感覚が広がった。
細胞の一つ一つが洗浄され、最適化され、全盛期すら超える内側からの爆発的な躍動感。山での修行の時に感じた、あの衝撃が蘇る。普通の身体強化とは根本的に違う、魂の深淵まで届くような純粋な魔力。
「ありがとう、アルトちゃん。……やっぱり、あなたの支援は特別ね」
ローザの動きが、さらに加速した。もはや残像すら見えない。剣が弧を描いたかと思うと、中級魔物が三体同時に両断されていた。硬い鱗も、分厚い筋肉も、まるで豆腐でも切るかのように。
町の冒険者たちが息を呑む。
「なんだあれ……」
「あれが、剣聖……」
「俺たちが必死に戦ってた魔物を、一瞬で……」
畏怖と驚愕の視線が集まる中、ローザは涼しい顔で次の獲物を探していた。さらに、二つの影が戦線に加わる。
「ふん、ローザばっかりに任せてられないわね」
ルナフレアの杖から、灼熱の火炎が放たれた。逃げ惑う魔物の群れが、一瞬にして焼き払われる。賢聖の火炎魔法は、通常の魔法使いとは威力が桁違いだった。
「逃がさない」
ティーエの氷矢が、散り散りに逃げようとする魔物を正確に射抜いていく。一射一殺。外れる矢は一本もない。
三聖戦士の共闘。
そして全員に、アルトの身体強化がかかっている。通常の支援魔法とは比較にならない、純白の魔力。それを受けた聖戦士たちは、本来の実力をさらに超えた力を発揮していた。
魔王軍の先遣部隊は、ものの数分で壊滅した。
「さすがローザ。腕は鈍ってないわね」
ルナフレアが汗を拭いながら笑う。
「あら、おばさんだってやる時はやるのよ。それに、アルトちゃんの支援があったからこそだわ」
ローザは剣についた汚れを丁寧に拭い、鞘に納めた。その瞬間、彼女の雰囲気が柔和なものに戻る。戦場の鬼神から、優しいおばさんへ。その切り替えの早さに、アルトは改めて彼女の凄みを感じていた。
戦いが終わり、町人たちがアルトたちに駆け寄ってくる。
「ありがとうございます! おかげで町が救われました!」
「聖戦士様たちが来てくれなかったら、俺たちは全滅してました……」
歓声と感謝の言葉が飛び交う。その喧騒の中、一人の男が泥の中で呆然としていた。
ジャックスだ。
体中が痛む。折れた剣の破片が、手のひらに食い込んでいる。だが、それ以上に心が痛かった。
助けられた安堵より、屈辱が勝っていた。
かつて追放した「雑用係」に、命を救われた。後ろでコソコソしているだけだと見下していた男が、聖戦士たちと肩を並べて戦っている。その事実が、ジャックスのプライドを深くえぐっていた。
ローザがジャックスに気づき、近づいていく。
「あら、あなた怪我してるわね。酷い傷だわ……手当てしなくっちゃ」
優しい声。心からの気遣い。しかしジャックスには、それが憐れみに聞こえた。惨めな敗残兵を哀れむ、勝者の余裕に聞こえた。
「う、うるせえ……。誰がお前らなんかに……」
言葉を吐き出そうとするが、声が震えて上手く出ない。悔しさと情けなさで、目の奥が熱くなる。
ローザの後ろから、アルトが歩み出た。かつての関係は、完全に逆転していた。泥だらけで這いつくばるジャックス。聖戦士たちと肩を並べるアルト。
アルトはジャックスの前にしゃがみ込み、静かに手を差し伸べた。
「……立てる?」
その声には、怒りも嘲りもなかった。かつて自分を追放し、罵倒し、見下してきた男に対して、アルトはただ純粋に、かつての仲間を心配する目を向けていた。
ジャックスはその手をジッと見つめたまま動けなかった――。




