2話
次期勇者パーティーと呼び声高い『蒼い翼竜』を追放された僕は、隣国・ローラン王国に一人で向かっていた。
僕は、心機一転、隣国で再出発しようと決めたのだ。
ローラン王国とアリアローゼは交易が盛んで、道はある程度整備されている。七日もあればたどり着ける距離だ。
道中、D級の魔物が何匹か出てきたが、前衛の経験がない僕でも倒せるレベルの魔物だった。
「ふぅ……あと三日くらいかな」
ローラン王国とアリアローゼのちょうど真ん中に位置するアスティアの森にたどり着いた。日も暮れかけてきたので、森の入り口で今夜の寝床を確保することにした。
枯れ木を拾い、火を起こし、野営の準備をする。途中で倒したクレイボアの肉を取り出し、木の枝に刺して焼いた。
パチパチと木の枝が爆ぜる音。クレイボアの肉から油がしたたり落ち、じゅうっと音を立てる。香ばしい匂いが漂い始め、そろそろ肉も焼けたかと思った、その瞬間――。
突如、獣の咆哮が響き渡り、目の前に大きな影が現れた。
「こいつは……ギャングウルフ!?」
「A級モンスターがどうしてこんなところに!?」
僕の前に現れたのは、ギャングウルフだった。ベアウルフと呼ばれる狼型モンスターの上位種だ。獰猛な性格で、巨大な牙を生やしている。その牙で、数多の冒険者が命を落としてきた。
『蒼い翼竜』時代なら、難なく倒せた魔物だった。ジャックスが前線で引きつけ、僕が身体強化をかければ、あっという間に片がついた。
しかし、後衛の経験しかない僕一人では……。
「くそっ! 肉の匂いにつられてきたのか!?」
鋭い牙が生えた口元からは、白濁した涎が垂れている。血走った目が、じっとこちらを見つめていた。
「どうやら、狙いは僕のようだな……」
耳をつんざくような叫び声をあげ、ギャングウルフが突進してくる。
僕は護身用のナイフを取り出し、中段に構えた。ギャングウルフはものすごい速さで距離を詰めてくる。
「こんなところで死ぬわけにはいかないんだ……!」
母さんの仇である魔王を討つ。それが僕の悲願だった。
しかし、そんな願いもむなしく、ギャングウルフの鼻面めがけて突き立てたナイフは、カランと音を立てて地面に叩きつけられた。ナイフが届く前に、ギャングウルフの前足が僕の手を払いのけたのだ。
目の前に、ギャングウルフの大きく開いた口がある。
「勇者の息子なのに、A級魔物も倒せないなんて……」
「母さんの仇を討たなきゃいけないのに……」
「くそ、くそ、くそっ……!」
やけくそになった僕が、素手でギャングウルフに殴りかかろうとした、その時だった。
轟音が耳の奥で鳴り響き、肉が焦げる臭いが鼻をついた。
一体何が起こったのか理解できなかった。だが、目の前のギャングウルフは火柱に包まれ、断末魔の悲鳴をあげて崩れ落ちていった。
「こ、これは……!? 火炎魔法……!?」
後ろを振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。
蒼く長い髪。白いローブ。手にしている木製の杖の先端には、焔のように輝く魔石が埋め込まれている。
見た目から察するに魔法使いのようだった。それも、A級魔物を一撃で葬るほどの上級者だ。
「あ……あ、ありがとうございます!」
僕が慌ててお礼を言うと、彼女は近づきながら話しかけてきた。
よく見ると、とんでもなく整った顔をしている。上級魔法を使えるのに、年齢は若そうで、二十代半ばといった感じだった。
「ついてなかったな、こんなところでギャングウルフに出くわすなんて」
そう言いながら、彼女は僕の顔をじっと見つめた。
目が合った瞬間、彼女の綺麗な蒼色の瞳が大きく見開かれた。
「……おまえ、もしかしてアルトか!?」
なぜ僕の名前を知っているのだろう。
「アルト――! こんなに大きくなって~!」
親戚のおばさんのようなテンションで、彼女は僕を抱きしめた。
彼女の突然の抱擁に戸惑うが、命の恩人を払いのけることなどできない。頭の中にクエスチョンマークを浮かべている僕の頭を、彼女はわしゃわしゃと撫で回す。
まるでぬいぐるみでも抱きしめるかのように、彼女は自分の胸に僕の顔を押しつけた。
「ちょ、ちょっと……苦しい、です……」
僕は息ができず、たまらず声をあげた。
「おお、すまんすまん。ちょっと興奮しすぎてしまった」
ようやく解放された僕は、息を整えながら尋ねた。
「あの、なぜ僕の名前を……?」
「なんだ、覚えてないのか? 私のことを」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「ルナフレアだよ、ルナフレア。まぁ、アルトがまだこ~んなに小さかった頃だったからな」
手で小さな子供の背丈を示しながら、彼女は懐かしそうに目を細めた。
「ル、ルナフレアって……聖戦士の一人、賢聖のルナフレア……!?」
その名前を聞いて、なぜ彼女が僕のことを知っていたのか、合点がいった。
ルナフレアは、僕の母――三代目勇者・ルビスのパーティーメンバーだったのだ。




