15話
雪と氷に覆われた険しい山肌を、三人は黙々と登り続けてきた。ティーエの氷魔法で足場を作り、ルナフレアの風魔法で吹雪を防ぎながらの過酷な道のりだった。
そして、ようやく辿り着いた山頂。アルトは思わず息を呑んだ。
険しい山肌を登り続けた先に広がっていたのは、意外にも温かみのある光景だった。質素だが丁寧に手入れされた山小屋。煙突からは白い煙が立ち昇り、周囲には綺麗に積まれた薪が並んでいる。
その小屋の前で、金色の長い髪をした女性が薪割りをしていた。
斧を振り下ろすたびに、薪が真っ二つに割れていく。その動作は無駄がなく、美しささえ感じさせた。
「あら、ルナフレアにティーエ!こんな辺鄙なところまで、わざわざ来てくれたの?」
その女性――ローザは、二人に気づくと驚いた表情を浮かべた。斧を置いて、慌てて駆け寄ってくる。
「久しぶりね、ローザ。元気そうで何よりだわ」
ルナフレアが笑顔で手を振る。
「こんなおばさん会うために、よく来てくれたわね。嬉しいわ」
ローザは本当に嬉しそうに微笑むと、二人の手を取った。
「さあさあ、寒かったでしょう?中に入って。すぐにお茶を淹れるわね」
そう言いかけたローザの視線が、ルナフレアとティーエの後ろに立つアルトに止まった。
「……あなたは、もしかして」
ローザの瞳が大きく見開かれる。
アルトは一歩前に出て、自己紹介をした。
「初めまして。アルトです。ルビスの息子です」
「アルトちゃん……!」
ローザの声が震える。
「こんなに……こんなに大きくなって……!」
次の瞬間、ローザはアルトに駆け寄り、いきなり抱きしめた。
「ええっ!?」
アルトは驚きのあまり、声を上げる。
「赤ちゃんの時は、あんなに小さかったのに……おばさん、感動しちゃったわ」
ローザは涙ぐみながら、アルトの頭を何度も何度も撫でる。その手つきは、まるで我が子に接するような優しさに満ちていた。
「ちょ、ちょっとローザ!アルト、窒息しそうよ」
ルナフレアの言葉で、ローザはハッと我に返った。
「ご、ごめんなさい。つい、嬉しくて……」
ローザは慌ててアルトを解放すると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「こんなおばさんが、いきなり抱きついてきて、びっくりしたわよね」
「い、いえ!大丈夫です」
アルトは顔を赤くしながら答えた。
山小屋の中は、外の寒さが嘘のように暖かかった。
暖炉には火が焚かれ、部屋中に心地よい温もりが広がっている。清潔に保たれた室内には、生活の温かみが感じられた。
「さあ、座って座って」
ローザは三人を椅子に座らせると、手際よくキッチンで作業を始めた。
程なくして、テーブルに温かいスープと焼きたてのパンが運ばれてくる。湯気が立ち昇り、食欲をそそる香りが鼻をくすぐった。
「こんな粗末なものしかないけど、たくさん食べてね」
「粗末だなんて!すごく美味しそうです」
アルトが目を輝かせると、ローザは嬉しそうに微笑んだ。
「本当?よかったわ。おばさんの料理、口に合うかしら」
アルトが一口スープを飲むと、その美味しさに思わず目を見開いた。野菜の甘みと、香辛料の絶妙なバランス。体の芯から温まるような、優しい味わいだった。
「美味しい……!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。アルトちゃん、もっと食べてね」
ローザはアルトの器におかわりを注ぎながら、幸せそうな表情を浮かべた。
「ローザ、そろそろ本題に入るわよ」
ルナフレアが、パンを食べ終えると真剣な表情になった。
「私たち、魔王を討伐しに行くの。一緒に来てほしい」
「魔王討伐……?」
ローザの表情が曇る。スープを注ぐ手が止まった。
「でも……私なんかが役に立つかしら」
「何言ってるのよ。あんたは剣聖でしょ?」
ティーエが呆れたように言う。
「こんなおばさんの剣じゃ、若い子たちの足を引っ張るだけよ」
ローザは自嘲するように笑った。
「それに……魔王は、ルビスでさえ倒せなかった相手よ。私の剣が通用するとは思えないわ」
「また始まった……」
ティーエが溜息をつく。
「ローザ、あんたはいつもそうね。もっと自信を持ちなさい」
「でも……」
ローザが言葉を濁したその時、アルトが口を開いた。
「僕は、母さんの仇を討ちたいんです」
真剣な眼差しでローザを見つめる。
「母さんは、魔王に殺されました。僕は、その仇を討たなければならない。そのために……ローザさんの力が、どうしても必要なんです」
アルトの真っ直ぐな瞳に、ローザは息を呑んだ。
その目は、かつての親友・ルビスと同じ、強い意志の光を宿していた。
「……そう。アルトちゃんがそこまで言うなら……」
ローザは少し考え込んでから、優しく微笑んだ。
「おばさん、精一杯お手伝いさせてもらうわね」
「本当ですか!」
アルトの顔がパッと明るくなる。
「ええ。でも、その前に……」
ローザはアルトの服をじっと見つめた。
「あら、服が破れてるわ。袖のところも、裾も……こんなボロボロじゃダメよ」
「え、あ、これは道中で……」
「今すぐ繕ってあげるわね。それと、お風呂も沸かさなきゃ。体を温めないと風邪ひいちゃうわよ」
「いや、そこまでしていただかなくても……」
「ダメよ」
ローザはきっぱりと言った。
「それに、髪も伸びてるわね。切ってあげましょうか?あ、靴も汚れてる。磨いてあげなきゃ」
「ローザ……」
ルナフレアとティーエが、呆れたような、でも微笑ましそうな表情で見守っている。
「相変わらずね」
「ええ、本当に」
二人は顔を見合わせて苦笑した。




