13話
エルフの里に、清らかな朝陽が差し込む。昨夜の喧騒が嘘のように静まり返った室内で、アルトは右腕に感じるずっしりとした重みと、首筋に当たる熱い吐息で目を覚ました。
「ん……?」
意識が覚醒すると同時に、視界いっぱいに銀色の髪が飛び込んでくる。すぐ隣で、ティーエが当然のような顔をしてアルトの腕を枕にし、隙間なく身体を密着させて眠っていた。
「ひっ……!? テ、ティーエさん!?」
アルトは心臓が口から飛び出しそうなほど驚き、跳ねるように飛び起きた。昨夜、強引に布団へ潜り込まれた記憶が断片的に蘇り、顔が一気に沸騰する。
「……んぅ、アルトたん…おはよぉ。もう、そんなに元気に動いちゃだめでちゅよぉ」
ティーエは気にした様子もなく、逃げようとするアルトの腰に腕を回して引き戻そうとする。エルフの族長としての威厳はどこへやら、とろけたような笑顔でアルトを離そうとしない。
「な、何言ってるんですか!なんで同じベッドに…!早く離れてください」
「あらあら。朝から元気ねぇ、二人とも。ティーエ、あんたも隅に置けないわねぇ」
開け放たれたドアの影から、ルナフレアがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて覗き込んでいた。その手には水の入った水差しがあり、朝の身支度を終えた凛とした姿だ。
「ル、ルナフレアさん! これには深いわけが……!」
必死に弁明しようとするアルトとは対照的に、ティーエは待っていましたと言わんばかりに、さらに深くアルトの胸に顔を埋めた。
「アルトも、こんなに可愛い族長様が添い寝してくれたんだから、男らしく受け入れなきゃねぇ。……いっそ、そのまま押し倒しちゃってもいいのよ?」
ルナフレアの「援護射撃」を受け、ティーエの勢いがさらに増す。
「聞いたわねアルトたん!?ルナもお墨付きよ!あたち、もう一生離してあげないんだからぁ!!」
「ちょ……ルナフレアさん、煽らないでください!!」
朝から全開のティーエに押し切られ、アルトは顔を真っ赤にして翻弄されるしかなかった。
ひとしきり騒いだ後、ルナフレアがふっと笑みを消し、真剣な眼差しで二人を見据えた。
「……さて。そろそろ、本題に入りましょうか」
彼女は窓の外、遠く広がる大陸の空を仰ぎ見た。その瞳には、かつての戦友を想う深い悲しみと、それを上回る苛烈な決意が宿っている。
「ルビスの仇……討ちに行くわよ」
ルナフレアは力強い歩取りでアルトの前に立ち、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ルビスの仇を討つ。それはつまり、この世界を覆う闇の根源……魔王を討伐するということよ。アルト、その覚悟はある?」
魔王討伐。その言葉の重みに、アルトは一瞬息を呑んだ。だが、腰にある『核』が微かに熱を帯びた気がして、彼は拳を握りしめた。
「……はい。母さんを奪った魔王を、僕は絶対に許しません。世界を救うなんて大層なことは言えませんが、母さんの仇を討つのは僕の役目です」
「いい返事ね。そのためにも、まずはローザのところへ行くわよ。……『剣聖』ローザ。魔王を倒すにはあいつの剣技が必要よ」
「剣聖、ローザ……」
「ええ。その腕前は間違いなく本物よ。それに、あいつはあんたのことを自分の子供みたいに甲斐甲斐しく面倒見てくれるはずだわ」
ルナフレアが確信に満ちた笑みを見せると、ティーエも力強く頷いた。
「そうね。あいつの過保護っぷりを拝むのは久しぶりだけど、ローザの剣技がなきゃ始まらないわ。行きましょう、アルト」
里の出口には、里中のエルフたちが集まり、静かに一行を待っていた。ティーエは族長として、里の民たちの前に進み出る。彼女の背負った弓が、朝陽を受けて鋭く輝いた。
「皆、昨夜の戦いではよくやってくれたわ。里を守り抜いたあなたたちは私の誇りよ。……私はこれから、アルトと共に外の世界へ行く。ルビスが遺したこの光が、本物の希望になるその日まで命を懸けて戦ってくるわ」
ティーエの凛とした宣言に、エルフたちが一斉に跪く。
「ティーエ様、どうかご武運を!」
「里は我らにお任せください!」
エルフたちの深い祈りに包まれながら、アルトは里の門をくぐった。一度だけ振り返ると、美しい緑に包まれたエルフの里が、陽光に輝いている。
「行きましょう。まずは、あの険しい山脈の頂へ」
ルナフレアが先陣を切って歩き出す。復讐と覚醒、そして魔王討伐への長い旅路。『剣聖』ローザが待つ孤高の峰を目指し、アルトたちは確かな一歩を踏み出した。




