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12話

 宴も終盤、騒がしかったエルフの里にようやく静寂が戻り始めていた。古代竜との死闘を制し、死者ゼロという奇跡的な勝利に酔いしれた里の者たちは、次々と眠りについていく。


「……んぅ、アルス? どこ行くのよ……。まだまだ飲めるでしょ」


アルスは、完全に出来上がったルナフレアを肩に担ぎ、彼女の自室へと運び込んでいた。


「ルナフレアさん、もうおしまいです。ほら、ちゃんとベッドに入ってください」


アルスが彼女を横たえ、毛布をかけようとしたその時。 ルナフレアが力なく、しかし縋るような手つきでアルスの袖を掴んだ。


「……ねぇ。独りにしないで」


普段の豪快な「賢聖」としての顔はどこにもない。 微かに赤くなった頬を枕に沈め、彼女は子供のように頼りなげに微笑んだ。


「……私だって賢聖である前に一人の女なのよ」


「アルスが一番辛いだろうけど、私だってルビスに会いたい…」


その一瞬だけ覗かせた大人の孤独に、アルスは心臓が跳ねるのを感じた。彼女が背負っている「賢聖」という名の重圧がいかに重ものなのか。


そのまま寝落ちしてしまったルナフレアの寝顔を見ながら、僕は静かに部屋を後にした。


自分の部屋に戻り、ようやく一息つこうとした時だった。執拗なノックの音が響く。


「……はい、どなたですか?」


 嫌な予感を抱えながらドアを開けると、ティーエが立っていた。驚いたのはその格好だ。薄手の寝衣の上に、羽織りものを一枚引っかけただけの、あまりにも無防備な姿。エルフ特有の透き通る肌が、窓から差し込む月光に照らされて淡く発光しているように見える。


「アルスたん! まだ起きてたのねぇ!」


「慣れない里で眠れないかと思って、ティーたんが寝かしつけにきましたよぉぉ!!」


「ちょ、ティーエさん!? 近いですって! 族長がそんな格好で、しかも夜中に……!」


「いいのよぉ、今はティーたんなんだからぁ! さあ、アルスたん、早くお布団に入って」


「あたちが膝枕して、頭を撫でて、子守唄を歌ってあげまちゅよぉ」


 問答無用で部屋に押し入り、クンクンと僕の匂いを嗅ぎながら距離を詰めてくるティーエさん。彼女からは、清廉な香りと、ひんやりとした甘い香りが混ざり合って漂ってくる。


「ほら、遠慮しないでぇ! さっきまであのだらしない酔っ払いの相手をして疲れたでしょお?」


「あ、いや、ティーエさん、本当に大丈夫ですから!」


「ダメよぉ! 子供は寝るのがお仕事なんだからぁ! ほら、おいでぇぇ!!」


 ティーエさんは僕を羽交い締めにし、強引に布団へと引きずり込もうとする。弓聖の力強さと、至近距離で感じる彼女の体温に、僕はパニックになりながらも必死に抵抗した。


「わっ、離してください! ティーエさん、服、服がはだけてますって!」


「いいのよぉ、これくらい! さあ、あたちの胸に飛び込んできなさいなぁぁ!」


「ティーエさん、本当に……! あ、あれ?」


 必死にティーエさんの抱擁から逃れようと視線を彷徨わせた僕の瞳に、まばゆい輝きが飛び込んできた。部屋の隅、棚の上に置かれていた古びた小箱。その隙間から、柔らかな白銀の光が漏れ出している。


「……ティーエさん、あの箱……なんですか?急に光りはじめましたよ」


 僕のその一言で、部屋の空気が一変した。さっきまで僕に抱きつき、蕩けた声を上げていたティーエの動きが、氷のように静止する。


「…………光った? 嘘でしょ。あれは、ルビスがいなくなってから一度も……」


 ティーエが顔を上げた時、そこにはもう「ティーたん」はいなかった。彼女は静かに僕を解放し、立ち上がる。乱れた髪をかき上げるその瞳には、甘えや冗談の気配など微塵もない。

かつて勇者パーティーの一員として幾多の死線を越え、この里の頂点に立つ伝説の『弓聖』としての、鋭く澄み渡った光が宿っていた。


ティーエは吸い寄せられるように棚へ歩み寄り、震える手でその小箱を手に取った。蓋が開いた瞬間に溢れ出した白銀の光が、深夜の室内を昼間のように照らし出す。


「……昨日の戦いでアルスが私に流し込んでくれた、魔力……ルビスと同じだった」


「アルスの魔力に応えたんだわ」


 箱の中に鎮座していたのは、濁った灰色の一見すればただの石ころだった。しかし、アルスが近づくにつれ、その石の奥底で、まるで心臓の鼓動のように規則正しい白銀の光が、激しく、力強く明滅を始めた。


「これはルビスが使っていた聖剣のコア。ルビスが消えてから、誰が触れても、どんな高名な魔導師が調べても、ただの石ころのままだったのに……」


「アルスをずっと待っていたんだ」


 ティーエは石を手に取ると、それをアルスの掌の上へと導いた。彼女の手は少しだけ震えていたが、包み込む力は驚くほど強かった。


「アルス。ルビスはね、いつだって戦闘になったら真っ先に駆けていく、本当に手のかかる相棒だったわ」


「……これからはあんたがあの光を継ぐのね。……なら、私の弓は、死んでもあんたを守り抜く。ルビスと交わした、最後の約束だから」


しんみりとした静寂が部屋を包む。アルスは掌にある白銀の『コア』をじっと見つめた後、それを強く握りしめ、ティーエの目を真っ直ぐに見つめ返した。


「母さんの光を継ぐのが僕の運命なら、僕はもう逃げません」


「いつか、ティーエさんが誇れるような……母さんに負けないくらいの勇者になってみせます」


 その声に、迷いはなかった。 一人の戦士として覚悟を決めた、凛々しい横顔。その真っ直ぐな瞳に、かつての相棒であるルビスの面影と、それ以上に「アルス」という一人の男としての力強さを感じたティーエは


「…………っ! ……やっぱり、かっこよすぎるわぁぁぁ!!」


「ルビスにそっくりの真面目な顔でそんなこと言われたら、あたち、もう我慢できないわぁぁぁアルスたん!!」


「ちょ!? ティーエさん、さっきまでの感動を返してください!!」


「いいのよぉぉ! 遺品を渡す大役も果たしたし、ここからはご褒美タイムよぉぉ!!」


「さあ、遠慮しないでティーたんの胸にダイブしなさいなぁぁ!!」


「結局こうなるんですかーーー!!」


 アルスの絶叫が、夜のエルフの里に虚しく響き渡った。


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