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11話

死闘から一夜明けたエルフの里は、驚くほどの活気に包まれていた本来であれば、伝説級の魔物の襲撃を受けたのだ。里の半分が消し飛び、多くのエルフが命を落としていてもおかしくない状況だった。


しかし、事後処理を進めるエルフからの報告書には、信じられない数字が並んでいた。


「……死者、ゼロ。重傷者、なし」


報告書を読み上げたティーエの手が、わずかに震えていた。 結界を維持していた魔導師たちは、確かに一度は魔力を使い果たして倒れた。だが、アルスが大地を介して流し込んだあの「純白の魔力」が、彼らの魔力を補給するでだけでなく、負傷した部位の治癒をしていたのだ。


「ありえないわ……。ただの魔力譲渡で、これほど精密な治療を並行していたっていうの?」


ルナフレアは、瓦礫の撤去を手伝っている少年の後ろ姿を見つめた。


アルスは白魔法の『浮遊フロート』を使い、倒れた巨木を羽毛のように軽々と動かしている。

その周囲では、エルフの若者たちが彼を崇拝の眼差しで見つめ、彼が何かをするたびに「ありがとうございます、アルス様!」「どうかお体をお大事に!」と、まるで聖者に対するようなに接していた。


「あはは……。そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」


アルスは困ったように頬を掻き、居心地が悪そうに視線を泳がせている。 かつての勇者パーティーでは「座っていろ、邪魔だ」と言われ続けてきた彼にとって、自分の一挙手一投足に感謝の言葉が飛んでくる現状は、まだ夢の中の出来事のように感じられていた。


一方、族長室ではティーエが淡々と復興の指示を出していた。 そこには、僕を羽交い締めにしていた「ティーたん」の面影は微塵もない。銀髪を高く結い上げ、冷静沈着に部下の報告を捌く彼女は、森を統率する「氷の弓聖」そのものだった。


その夜。 里の中央広場で、大規模な祝勝会が執り行われた。 大きな焚き火が焚かれ、エルフ秘伝の酒や森の幸が並び、竪琴の音色が夜の空気に溶けていく。

宴の準備が整ったとこらでティーエが静かに立ち上がる。ざわついていた広場が、一瞬で水を打ったような静寂に包まれる。彼女は族長としての威厳を纏い、集まった同胞たちをゆっくりと見渡した。


「同胞たちよ。今回の古代竜討伐、その最大の功労者を改めて紹介しよう。……アルス」


名を呼ばれ、アルスがビクッと肩を揺らす。 ティーエはまっすぐアルスを見据え、凛とした声で断言した。


「今回の勝利は、アルスたぁ……げふん」


一瞬だけ“ティーたん”が顔を出しそうになっていたが、すぐさま族長の顔に切り替わる。


「白魔導師アルスが、戦場のすべての『流れ』を支えた。彼の魔力がなければ、私の矢は届かず、この里は今頃灰になっていただろう……皆、異論はないな?」


「「「おおおおおっ!!」」」


エルフたちの歓声が爆発した。


「アルス様!」


「アルス様ばんざい!」


里の空気は一気にアルス一色に染まる。 エルフたちは代わる代わるアルスの元へ歩み寄り、深々と頭を下げて感謝を伝えていく。


「アルス様、どうかこの酒を一杯!」


「あ、ありがとうございます……でも僕、そんなに強くないので……」


完全に恐縮しきっているアルス。 ティーエとはその様子を、満足そうな瞳で見つめていた。


「……あーあ、相変わらず堅いわねぇ、ティーエは」


その横で、ルナフレアが呆れたように溜息をついた。 彼女は宴が始まる前から手元のジョッキを空け続けていた。宴が始まったタイミングですでに赤ら顔になり、普段の「賢聖」としてのオーラは霧散している。


「……ルナフレア、少しは自重しろ。里の者が見ている」


ティーエの冷ややかな視線を受け流し、ルナフレアは隣に座るアルスへと狙いを定めた。


「そんなことよりアルス。あんた、さっきから借りてきた猫みたいに固まっちゃって。……もしかして、こういう賑やかな場所は苦手だった?」


「え、あ、いえ! その……こんなに皆さんに感謝されることに慣れていなくて……」


「ふふ」


ルナフレアはくすくすと笑うと、ずいっとアルスの隣に腰を寄せた。 アルスの肩に柔らかい腕を回し、そのまま自分の体の方へと強引に引き寄せる。


「わっ、ル、ルナフレアさん!? 近いですっ……!」


「なに、照れてんのよ。一緒にお風呂入った仲じゃない!」


ルナフレアはアルスの耳元まで顔を近づけ、わざとらしく熱い吐息を漏らした。 高級な酒の香りと、大人の女性特有の甘く芳醇な香りが、鼻腔をくくすぐる。


「ほら、アルスが宴の主役なんだから、もっと飲みなさいよ!」


ルナフレアは完全な絡み酒だった。体を密着させながら、どぼどぼと濃い酒をグラスに注いでくる。


「そんなに飲めないって!あと、ちょっと近すぎですって…」


アルスの右腕に柔らかく、それでいて確かな弾力が押し付けられた。


「あ、の……ルナフレアさん、当たって……っ!?」


「ん? 何がぁ?」


確信犯か、それとも天然か。ルナフレアはさらに体重を預け、アルスの二の腕を自身の胸元で抱きしめるように固定する。顔が瞬く間に茹で上がったように赤くなる。


「……あら? アルス、顔が真っ赤じゃない。もしかして、熱があるんじゃない?」


「い、いえ、そうじゃなくて……その……!」


「……ちょっと、見せてごらんなさい」


ルナフレアはアルスの肩を掴んで自分の方へ向かせると、そのままおでことおでこを、コツンとくっつけた。


「……!?」


「じっとして。……んー、確かにちょっと熱い気がするわね。熱があるのかしら、それとも……」


「……私のことが、そんなに刺激的だった?」


至近距離で見つめ合いながら、いたずらっぽく笑うルナフレアに、僕は呼吸を忘れ、目を見開いたまま完全にフリーズしてしまった。


「ルナフレア!その手を離せ!アルスが真っ白になっているじゃないか!」


ティーエが般若のような形相で割って入る。


「あら、ティーエ。あんたも混ざる?」


そう笑い飛ばすルナフレアと、それを引き剥がそうとする族長。

戦場を支配した緊張感はどこへやら。里を包む夜風は、アルスの火照った頬を冷やすには、あまりに甘く騒がしいものだった。



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