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10話

砕け散った第2防衛結界の破片が、夜空にダイヤモンドダストのように舞う 。

氷の弓で地面に縫い付けられていた古代竜は巨躯を震わせると、氷の杭で固定された自らの翼を、無理やり引きちぎった。


「……翼を、捨てただと!?」


誰もがみたことない異様な光景に里全体に絶望が漂う。翼を捨て四足歩行の獣と化した古代竜は、傷口から黒焔を噴き出しながら、猛然と里へ向かって突進を開始した。その速度は、空を飛んでいた時よりも速い。


「まずい……! 全員、私の後ろへ!!」


ルナフレアが叫び、自身の全魔力を絞り出した個人障壁を展開する。山のような障壁に激突すると、障壁はギシギシと不快な音を響かせる。

古代竜は前腕を振り上げ、鋭い爪で障壁を引き裂こうとする。鋭い爪が障壁にあたるたびに、里全体が揺れる。

 ティーエが反撃の一矢を放つため、弓に矢をつがえようとした次の瞬間、バリバリと聞いたことのないような不気味な音が響き渡る。


「……っ、嘘でしょ!?  私の障壁を魔力ごと食い破るつもり!?」


古代竜の鋭角な牙で障壁を食い潰しはじめたのだ。


「……このままだともう数秒も持たない」


ルナフレアは結界の維持に全力を出しており、反撃に転じる余裕など微塵もない。


「ティーエ、撃って! ここで仕留めないと里が消えるわ!」


「……っ、わかっている……!」


ティーエが弓を握りしめ、歯を食いしばる。しかし、先ほどの奥義で魔力を使い果たした彼女が打つ矢は、古代竜の硬い鱗を貫通することはできなかった。


ルナフレアの障壁が完全に砕け、里が踏み潰されるまで、あと数秒。 二人の聖戦士が死を覚悟したその時、僕は無意識に一歩前へと踏み出していた。


「……アルス? 下がっていろと言ったはずだ……!」


ティーエの制止を背に、僕は右手に魔力を集中させ、力一杯、大地へと突き立てた。


「“広域魔力譲渡エリア・エナジーシェア”!」


勇者パーティーにいた頃、僕は常にジャックスたちから「自分たちだけでなく、周囲の地形ごと有利にしろ」という理不尽な要求に応え続けてきた。僕にとっては、これが白魔導師としての日常だった。


瞬間、僕の体から純白の魔力が爆発的に溢れ出し、地を這う光の奔流となって里全体へ広がった。


「なっ……何、この魔力!? 大地から魔力が体に流れ込んでくる……!?」


ルナフレアが驚愕の声を上げる。僕が流し込んだ膨大な魔力は、魔力不足で倒れ伏していた魔導師たちを瞬時に全快させた。

 突然、枯れ果てたはずの魔力が体からみなぎってきた魔導士たちは困惑しつつも、一人、一人とまた立ち上がる。


「第二防衛結界に魔力を流し込め!!!」


 驚きで動きが止まっていた魔導士たちに、ティーエの指示が飛ぶ。状況を理解した魔導士たちが一斉に詠唱を開始する。

すると、砕け散ったはずの第2防衛結界が猛烈な勢いで再起動し、里に肉薄していた古代竜を真正面から弾き飛ばした。


「……嘘でしょ。なに、この魔力の純度!


驚いているルナフレアを横目に僕はもう片方の手を、膝をつくティーエの肩に置いた。


魔力譲渡エナジーシェア!」


 僕がそう唱えると、ティーエの体は白銀の輝きを放ちはじめる。


「魔力を満タンにしておきました。……もう一発、いけますよね?」


僕の手から流れ込む魔力に、ティーエが目を見開く。


「……ああ。枯れ果てた回路が、一瞬で溢れかえっていく。アルスがここまでしてくれたんだ……、一射で終わらせる!!」


アルスの魔力によって回路を強制浄化され、フルチャージされたティーエが再び立ち上がる。彼女が引き絞った大弓には、アルスの白魔法と混ざり合い、これまでの比ではないほど神々しく輝く「白銀の矢」が番えられていた。


「【白銀・絶対零度アルバス・アブソリュート】!!」


放たれた一射は、空間そのものを純白の氷壁へと変えていく。古代竜が次の一撃を放とうと大きく開いた喉奥へ、白銀の閃光が突き刺さった。


咆哮さえも凍りつく 。山のような巨躯が、中心から一瞬にして白銀の彫像へと変貌し、夜空の下で静かに光の粒子となって消滅した。


戦いが終わり、静寂が戻った里で、ティーエがもの凄い勢いで僕の方へ向き直った。


「アルシュたぁぁぁぁぁぁん!! 里のみんなに魔力を配りながら、あたちのこともパンパンにしてくれるなんて……もうこれ、実質的なまぐあいでしゅよねぇぇ!!」


「ちょ、ティーエ! 話が飛びすぎてます! 苦しい、また窒息しますって!」


抱きつかれ、頬を激しく擦り付けられながら 、僕は遠くを見つめた。 古代竜の脅威は去った。けれど、僕の身に迫るティーエという名の「愛の猛攻」は、戦う前よりも確実に、その深度を増していた。


「ぞ、族長……?」


 勝利の喜びを爆発させていたはずのエルフの戦士たちが、一斉に動きを止めていた。彼らの視線の先にあるのは、里の誇りであるはずの族長が、年下の少年を羽交い締めにしながら幼児退行しているという、あまりに凄惨な――もとい、衝撃的な光景だった。


「…………っ!!」


 刺さるような部下たちの視線に、ようやくティーエの思考が「族長モード」へと引き戻された。ティーエは雷に打たれたような勢いで僕を解放すると、乱れた髪と服の襟元をこれ以上ないほど素早く整えた。


「……ごほんッ! 失礼、少々魔力の昂ぶりが抑えきれなかったようだ」


 ティーエは拳を口元に当てて咳払いをすると、何事もなかったかのように背筋を伸ばした。耳の先まで真っ赤に染まったまま、彼女は厳格な族長の顔を作って僕へと向き直る。


「アルス。……今回の防衛、貴公の尽力に感謝する。さすがはルビスの息子、アルスの支えがなければ里は灰になっていた。族長として、改めて礼を言わせてもらう」


 朗々と響く凛とした声。けれど、僕を見つめる瞳の奥だけは、まだ「ティーたん」としての熱が引ききっておらず、じっとりと湿り気を帯びていた。


「……あんた、無理があるわよ」


 背後で、呆れた顔をしたルナフレアが、地面に座り込んだままティーエの豹変ぶりにつっこんだ。


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