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驟雨とピアノ

作者: 柊馬
掲載日:2025/11/17

この作品はカクヨムでも掲載しております。


「ずいぶん長い時間のようだったね。」

 正装の君が、校舎の前で発した。胸についた桜のコサージュが、春の終わりの小さな風にゆらゆらと靡く。

 三年間。あまりにも長くて、短かった時間の全てを、俺はどう返せばいいかわからなかった。

「そう、だね。」

 喉の奥に張り付いたいくつもの言葉をなんとか飲み込み、ありきたりな返事を絞り出す。


 君の肩に、ひらひらと桜の花びらが一枚舞い落ちた。それを取ろうとして、手を伸ばしてみる。でもその数センチが途方もなく遠く感じて、俺は手を引く。君の顔には少し困ったような色が浮かんでいた。


 言わなければならない。

 今、ここで言わなければ、もう、一生言えない言葉がある。


「あのさ。」

 心臓が耳のすぐ側で鳴っている。言葉というより、うめき声に近い音が出た。

 ずっと言いたかったこと。ずっと言えなかったこと。君が、俺の生きる理由になっていたこと。

「二年前の文化祭で放課後、誰もいない音楽室で、ピアノ弾いてただろ?」

「なんで…知ってるの?」

 君の声が微かに上ずる。

「聞いてた…ずっと。本当に、今まで聞いてきたどんな演奏よりも、綺麗だった。」


 それを聞いて、君は、春の光を全て集めたように、大きく目を見開いた。そして、どうしようもなく嬉しそうにはにかんで笑った。

 この笑顔一つに、俺の三年間は確かに意味を持った。


「そっか。ありがとう。」


 心地よい沈黙が落ちた。校庭の隅で咲き誇る桜が、風に揺れる音だけが聞こえる。

 いつの間にか空を覆い始めた灰色の雲が、終わりが近いことを告げているようだった。


「俺は、東京。」

「うん、知ってる。」

「君は?」

「私は、ここ。」


 澄んだ声だった。でもその瞳の奥が一瞬だけ寂しそうに揺らいだのを、俺は見逃さなかった。

 それだけで、全てが終わった。さよならだ。もうきっと、二度と会うことはないだろう。


 最後に、何か言わなければ。最後に、何かしなければ。

 もう終わってしまうから。


 俺が唇を開くより先に、空が泣いた。

 さっきまでの春の陽気が嘘のように、唐突に大粒の雨がアスファルトを叩き始める。

  驟雨(しゅうう)だ。


 君は驚いて空を見上げる。その無防備な横顔。

 ああ、これが最後か。そう、思った瞬間。

 俺の目から、何かが零れた。

 熱くて、しょっぱい、雨に似た、何かが。

 君は、俺の顔を見て、少しだけ心配そうに眉をひそめた。

「…濡れちゃったね。」

 そう言って、君は、小さく笑った。そして、何も知らないように、校門の方へ駆けていく。俺はただ、雨に滲むその後ろ姿を見送ることしかできなかった。


 驟雨のざわめきに溶けた涙を、君は気づかずにいてくれただろうか。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。

この物語は、僕が初めて小説という形で、誰かに届けたいと思った大切な作品です。

驟雨のざわめき。

誰もいない音楽室のピアノの音色。

ページを閉じた後も、この短い物語の音や匂いが、

あなたの心の片隅に、小さな栞のように挟まっていれば、それ以上に嬉しいことはありません。

僕はまだ高校生で、こんな切ない別れを経験したことはありません。

でもいつか、僕らの青春も蛍や蝉のように、一瞬で終わってしまう日が来るのかもしれません。

その一瞬の煌めきを、これからも言葉にしていけたらと思っています。

もしよろしければ、あなたがこの物語を読んで感じたことを、一言でも教えていただけると嬉しいです。

それが、僕の次の物語を書くための何よりの力になります。

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