驟雨とピアノ
この作品はカクヨムでも掲載しております。
「ずいぶん長い時間のようだったね。」
正装の君が、校舎の前で発した。胸についた桜のコサージュが、春の終わりの小さな風にゆらゆらと靡く。
三年間。あまりにも長くて、短かった時間の全てを、俺はどう返せばいいかわからなかった。
「そう、だね。」
喉の奥に張り付いたいくつもの言葉をなんとか飲み込み、ありきたりな返事を絞り出す。
君の肩に、ひらひらと桜の花びらが一枚舞い落ちた。それを取ろうとして、手を伸ばしてみる。でもその数センチが途方もなく遠く感じて、俺は手を引く。君の顔には少し困ったような色が浮かんでいた。
言わなければならない。
今、ここで言わなければ、もう、一生言えない言葉がある。
「あのさ。」
心臓が耳のすぐ側で鳴っている。言葉というより、うめき声に近い音が出た。
ずっと言いたかったこと。ずっと言えなかったこと。君が、俺の生きる理由になっていたこと。
「二年前の文化祭で放課後、誰もいない音楽室で、ピアノ弾いてただろ?」
「なんで…知ってるの?」
君の声が微かに上ずる。
「聞いてた…ずっと。本当に、今まで聞いてきたどんな演奏よりも、綺麗だった。」
それを聞いて、君は、春の光を全て集めたように、大きく目を見開いた。そして、どうしようもなく嬉しそうにはにかんで笑った。
この笑顔一つに、俺の三年間は確かに意味を持った。
「そっか。ありがとう。」
心地よい沈黙が落ちた。校庭の隅で咲き誇る桜が、風に揺れる音だけが聞こえる。
いつの間にか空を覆い始めた灰色の雲が、終わりが近いことを告げているようだった。
「俺は、東京。」
「うん、知ってる。」
「君は?」
「私は、ここ。」
澄んだ声だった。でもその瞳の奥が一瞬だけ寂しそうに揺らいだのを、俺は見逃さなかった。
それだけで、全てが終わった。さよならだ。もうきっと、二度と会うことはないだろう。
最後に、何か言わなければ。最後に、何かしなければ。
もう終わってしまうから。
俺が唇を開くより先に、空が泣いた。
さっきまでの春の陽気が嘘のように、唐突に大粒の雨がアスファルトを叩き始める。
驟雨だ。
君は驚いて空を見上げる。その無防備な横顔。
ああ、これが最後か。そう、思った瞬間。
俺の目から、何かが零れた。
熱くて、しょっぱい、雨に似た、何かが。
君は、俺の顔を見て、少しだけ心配そうに眉をひそめた。
「…濡れちゃったね。」
そう言って、君は、小さく笑った。そして、何も知らないように、校門の方へ駆けていく。俺はただ、雨に滲むその後ろ姿を見送ることしかできなかった。
驟雨のざわめきに溶けた涙を、君は気づかずにいてくれただろうか。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、僕が初めて小説という形で、誰かに届けたいと思った大切な作品です。
驟雨のざわめき。
誰もいない音楽室のピアノの音色。
ページを閉じた後も、この短い物語の音や匂いが、
あなたの心の片隅に、小さな栞のように挟まっていれば、それ以上に嬉しいことはありません。
僕はまだ高校生で、こんな切ない別れを経験したことはありません。
でもいつか、僕らの青春も蛍や蝉のように、一瞬で終わってしまう日が来るのかもしれません。
その一瞬の煌めきを、これからも言葉にしていけたらと思っています。
もしよろしければ、あなたがこの物語を読んで感じたことを、一言でも教えていただけると嬉しいです。
それが、僕の次の物語を書くための何よりの力になります。




