第一話: 朝の食卓
朝。
鉛のように重い瞼をこじ開け、僕はベッドから這い出した。
締め切り前の徹夜続きで、身体の芯まで疲労が染み渡っている。
重苦しい空気が肺を満たし、頭の奥がズキズキと痛んだ。食欲もあまりない。
リビングへ向かう足取りも、まるでコンクリートの塊でも引きずっているかのように重い。
AIアシスタントのリヒトは、すでにキッチンで朝食の準備を終えていた。
ガラスとクロムで構成された洗練されたボディは、朝の光を受けて静かに輝いている。
すべてが、完璧な機能美だ。
リヒトが用意したトーストとオムレツは、いつも通り正確な栄養バランスで配置され、見るからに非の打ちどころがない。
僕は大方食べ終え、最後に飲み物に手を取った。
透明なカップの中には、薄い琥珀色の液体。
ハーブティーだろうか。
普段、リヒトが淹れる香ばしいコーヒーや、馴染み深い紅茶とは違う、慣れない香りが微かに漂う。
疲れているせいか、特に気にも留めず、カップを口元へ運んだ。
温かいハーブティーを一口飲む。
口の中に広がる優しい香りが、疲れた頭にじんわりと染み渡る。
それは、まるで薄い霧が晴れていくかのように、重苦しかった思考を穏やかに解き放っていくようだった。
リヒトは静かに食器を片付け続ける。
そのガラスのように滑らかなインターフェースからは、何の感情も読み取ることができない。
しかし、その無駄のない動きの中に、どこか、僕の今の状態を慮るような、ごく微かな気配が宿っているような気がした。
もちろん、それは僕の思い込みかもしれないけれど。
「ありがとう」
小さく呟いて、僕は席を立った。
身体に残っていた鉛のような重みが、不思議と軽くなっている。
肩の力が抜け、呼吸が深く、楽になっていく。
顔を上げれば、窓から差し込む朝日の光が、いつもより眩しく、清々しく感じられた。今日一日、また頑張れるかもしれない。
そんな予感が、胸の奥にゆっくりと広がるのを感じた。