夜泣きのように
短編
「もうちょい笑ったら?」
雨の日、バス待ち。
別に誘い合わせたわけでもないけどクラスの男子と一緒。
「………は?」
その男子は隣であることを除けば接点がない。話したことだって殆ど。だからそんなことを言われる筋合いなどないはずなのに。
雨音が煩い。容赦無く降り注ぐ雨粒は今にも私の使い古した折り畳み傘を突き破りそうだ。遠くの景色なんて水蒸気でみんな隠れている。バスは来ない。
「なんで?」
「なんでって、ほら」
そっちのほうが人生楽しくない?
そんなことをたかが十七年、つまり私と同じだけ生きてきたくらいの若輩に言われても説得力などまるでない。だいたいそう言ったそいつも今現在、口角を吊り上げもしない。
「変わらないと思うけど」
「じゃ、笑ってなよ。そっちのが可愛いから」
そんなこと言って、喜ぶと思っているのだろうか。むしろ不快感を生んでいるのに気づいてる?
そこで会話が途切れる。私は不機嫌で俯き、彼は何が面白いのか霞んだ景色を眺めていた。
時間を確認するために携帯を開くと画面が濡れた。当たり前のことでも今は妙に腹立たしい。五時二十一分。この雨だからあと五分は来ないだろう。携帯を内ポケットに放り込む。
「何が辛いの?」
またあいつが話しかけてくる。私のことはなんでも知っているみたいな態度は神経を逆なでする。なにこいつ。消えればいいのに。
「何も」
「あっそ。」
微妙に怒ったみたいな返しをしてきた。失礼なことを言ったのは向こうのはずだ。違う?
「その分じゃ、泣いてもいないだろ」と今度はあまり間を置かず続けた。だからあんたは私の何を知っているわけ。
「そういう話は、あんたとはする気ない」
「じゃあどういう話なら取り合ってくれんの? 誰とならこういう話が出来る?」
他には何も。他には誰も。
人はこれを図星と言ったりするんだろう。
「……そんなの、私の勝手」
「だろうな」
「じゃあ、話し掛けないでよ!」
ヒステリックシャウト。自分でもよくこんな反応、あかの他人に出来たと思うけど。
余韻はざあざあ降りの雨と共鳴して溶けて消える。目の前の男子はものともしない様子で私を見据える。
見下しているのかもしれない。
「…っ…大体ね、泣いたって笑ったって、誰も構ってやくれないの!」
「正論かもな」
「じゃあ笑えなんて言わないで! 何も知らない癖に知った顔しないで!」
手にもっていた折り畳み傘を地面に投げ付ける。空気を切って、骨の先がかつんと黒いアスファルトに当たって、ふわりと転がった。私の気持ちを反映して変な音を立てて壊れたりはしなかった。
あーあ、何やってるんだろ私。結局自分の内にあった靄を全部晒している。
「もう……嫌…」
そんなことまで口にして、あげく座りこんだ。
馬鹿みたい。こんなの、同情してほしい子供みたいな大人のすることだ。
ずっと隠して気づかないふり出来ていたものが次から次へと溢れ出してきて、もう嫌。
帰りたくない。何もしたくない。
「生きたくない……」
「………」
しかも泣いてる私。
なにもかも失敗。
引かれただろうし私のプライドは滅茶苦茶。
だから嫌なんだ、人に弱みを見られるのは。
「……そうしてりゃいいのに」
彼は意味不明なことを言って、私に自分の折り畳みじゃない傘を向けた。一時的に私の上にも降っていた雨は止んだ。意図が掴めなくて睨むように見上げた私に、「持って」と傘の柄を差し出してくる。
しぶしぶ受け取ると、彼は穏やかに笑んだ。
「辛いなら辛いって叫んでればいいんだよ。怖いなら泣いてていいし、忘れるために笑ってていい。ずっと気張ってなくたって、誰もお前のことおとしめたりしない。それに、俺でよかったら助けになるし」
私の傘を拾って、しゃがんだときに肩から下ろされた鞄を担ぎながら落ち着いた声でそう言った。
普通のときに聞いていたら胸糞悪い台詞だったと思うんだけど、そのときの私にはとても優しい言葉に聞こえて嗚咽が止まらなくなった。
「——」
「これでいい?」
バスの中で、彼に常備しているらしいフェイスタオルで濡れた髪の毛を拭かれながら、私は少し笑ってみせた。
彼は間抜け面でしばらく私の顔を凝視してから、何故か声に出して笑い始める。乗客が私達しかいなかったからいいものの、
「ていうかなんで笑う?」
「わり、いや、可愛いとこも有んじゃん」
余計に私の頭をわしゃわしゃと撫でて嬉しそうにする。それを見て私もなんとなく嬉しくなる。
(へんなの。)
201004
改題
原題は素材サイトよりお借りしていました




