月照らす太陽の微笑み
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ルシアは穏やかな表情で戦場を駆けていた。ただしその軌跡は先ほどと違い、敵の指揮官など眼中になかった。
ただ仲間を守るため。仲間を援護し、飛び交うレーザーを【深淵】で吸収することだけに注力していた。それは今までのルシアの戦い方には見られなかった戦法。だがルシアは自分がなぜそんな行動に出ているのか分からなかった。
「……死なれるのは嫌だ、か」
思い出すのは自分が召喚してしまった少年の顔。彼には恨まれているとばかり思っていた。自分の弱さが原因で、彼は深く傷付いていたのだから。
「誰かと喧嘩するなど初めてだな。私を咎める者などいなかった。皆私を畏怖し、従う者ばかりだった……」
ルシアは気付いていない。今自分がどんな顔をしているのかを。晴れやかな、清々しい心が、彼女に美しい笑みを浮かべさせていることを。
「――よし、どうなるか分からないが時間を稼いでみるか。その間に、頼りになる仲間達が打開策でも思い付くだろう」
そうして空駆ける仲間を、父親から受け継いだオブリオンを、その全てを包む闇魔法を展開しようとした時――――戦場に幾千の光が走った。
「…………は? まさかあのバカ……ッ!」
それは先ほど見た光景。炎を帯びた光球が次々とアグレイに、砲台に、戦艦に降り注ぎ、爆音と豪炎を巻き起こす。だがそれは効果がないことは彼も理解したはず。ルシア自身説明できないが、闇魔法しかアグレイの不可思議な護りを突破できないはずだ。――はずだった。
「…………馬鹿な」
しかし結果は違った。再び上がった爆発と炎は、アグレイの忌まわしい防護をまるで無かったかのように、その全てを爆散させた。
「いったい何が起きて……ん?」
そこに近付いてきた人影。紛れもない自分が召喚した少年、その背中に、ルシアは違和感を覚えた。
「――あはは、ほんとに上手くいっちゃった」
自分で驚きながら、だが瞳に強い決意を浮かべた少年は、今しがた見た彼より逞しく見える。
「ソラ! お前いつの間に飛べるように……いや、なんだその翼は⁉︎」
鈍色に、だが不思議な光沢を放つ背中の翼。まるで鉄の鳥のような、鋼鉄の天使のような翼は、たおやかに少年を運んでいる。
「【無限光球】に斥力フィールドを中和する効果を付与したんだ……って、難しい話はあとで。それより見て。アグレイが引き返してくよ」
少年の言葉に上を見上げると、空を覆っていた戦艦はゴウン――と鈍く空気を震わせながら、高度を彼方まで上げていった。
「…………いったい何があったの……むぐっ」
少年の接近に気付かなかった。ルシアの口は少年の指で塞がれていた。
「それもあと。それより……」
少年はルシアの目を真っ直ぐ見つめ、太陽のように温かく微笑んだ。
「――もう、一人になんてさせないよ」
この日、この時から、凍てついた月は、太陽の熱に溶かされていくことになった――――。
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一章はここまでになります