消滅するは禁断の魔導書
こちらも同じくオブリオン内の様子を加筆しました。
――あれから三日後。
オブリオンでの生活にもかなり慣れてきた。
歩くだけでワクワクする街並みを散策し、劇場や魔法工芸品店を覗いてみたり、ローブを羽織った魔法学生の人達と交流してみたりと、とにかく飽きることはない。
そしてそれ以外はルシアから魔力・戦闘の訓練を受けたりと、何気に充実した日々を過ごしている。
そして現在、僕は誰もいない訓練生エリアに用意された自室で、食後の読書に勤しんでいた。
「なになに? 魔法には絶対に使ってはいけない禁断魔法がある? …………ふむふむ、へー」
なぜか読むことができるアルファベットに似た文字の羅列。ルシア曰く、翻訳魔法を召喚の際に付与してくれたらしく、その効果はテキメンだ。
そんなルシアに感謝しつつ、僕は八畳ほどの無機質な部屋に置かれた簡素なベッドで寝転んでいた。
窓の外にはオブリオンが大きな影を落とす海原が広がり、透明な壁に覆われた円柱状のシャワールームの床は、まだ濡れている。
「――案外スマホがなくても平気なもんだな。これを機にデジタルデトックスできそうだな」
恐らくデトックスどころか、この先もスマホに触れる機会はないだろう。
(スマホ……元の世界……はぁ……)
ため息は心の中だけに留める。元の世界に帰ることを諦めたわけじゃないが、それよりもルシアの前でみっともなく泣いてしまった事実に、僕のデリケートなガラスハートはズタボロになっていた。
(戻れないものは仕方ないか……ううん、いつか絶対元の世界に帰ってやる。そのためにも早く強くなってアグレイを追い返さなくちゃ!)
こうしてまだ見ぬ敵に立ち向かう決意を静かに決めた時――。
『ソラ、午後の修行を始めるぞ』
真っ黒な壁の一部。青紫の光がドアの形に光ると、その壁が音もなく左右に開いた。
「うん、午後はどんな修行をするの?」
「そうだな。正直、ソラの成長の速さは予想以上だ。午後からは魔力操作から発展させ、本格的な魔法の出力訓練に移るとしよう」
そこには長い髪をポニーテールに束ねたルシアが、いつも通りの冷たさを纏った表情で立っていた。しかし髪型から察するに、早くも師匠モードのようだ。
「やったー! 遂に魔法の訓練だ! よろしくご指導お願いしますルシア師匠!」
「その呼び方はやめろと言っただろう。調子が狂う。…………ん? おいソラ、その本は……」
呆れた顔になったルシアは、僕の手の中の本を見ると訝しむような目線を送った。しかしその目線の変化を気にせず、僕は今読んでいたページをルシアに見せる。
「ああこれ? 図書館の本棚の一番隅っこで見つけたんだ。ほら見てよこれ、禁断の魔法だなんてロマンしかなくない?」
するとルシアは、まるで親の仇を目の前にしたような怒りを浮かべ、強引に僕の手から魔道書を奪ってしまった。
「やめろ! こんなものお前が知る必要はない!」
「えっ……」
「これは私自ら処分しようと探していた禁書だ! まさかお前が見つけ出すとは思わなかった。礼を言うぞソラ。――――【深淵】」
ルシアがそう唱えると、ルシアの手元に漆黒の球体が現れた。そしてまるでゴミを捨てるように、魔道書をその中に落としてしまった。
「あ! ちょっとルシア! …………ああ、まだ読んでたのに……」
多分魔道書は消滅してしまったんだろう。【深淵】の名を冠する漆黒の球体の見た目。そして修行によりある程度その魔法が持つ効果を感じられるようになった僕は、そのことを瞬時に悟った。
「もう! 何するのさルシア! 図書館にある本は好きに借りて読んでいいって言ってただろ!」
怒りというより楽しみを奪われた落胆の方が大きい。しかしルシアは僕の抗議を気にする様子もなく、どこか晴れやかな顔で僕を見上げた。
「いいから魔法の修行を始めるぞソラ」
「む……分かったよ! どうぞよろしくお願いしますルシア大先生師匠様!」
「…………ぐぬ……」
嫌味たっぷりの敬称で呼ぶと、ルシアはやはり嫌そうに顔をしかめた。その表情に少し溜飲が下がる。
消滅した魔道書。だけど僕は、そこに記された禁断の魔法をしっかり記憶していた――。