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第6話     曖昧ダイアレクト


どことなく、美依が変わった気がする。

柚奈はそう思いながら、卵焼きを口に入れた。

我が家の卵焼きは甘さ控えめだ。

柚奈は甘党なのだが、弟は甘いのが苦手なのだ。

しかし、甘くなくとも和音のつくる卵焼きは美味しい。


「英語の先生の要先生さー、英語が田舎交じりでよくわかんない」


美依はウインナーをほおばりながら言った。

美依はちょうど柚奈の前の席なのだから一緒に食べるのだったら美依が後ろを向いたら動かずに済むのに、なぜか美依が中庭で食べようと言い出したので、柚奈は美依と二人で中庭で弁当を食べている。

ついこの前までずっと蓮達と一緒に食べていたのに、どうしたのだろうと柚奈は疑問を持っているのだがわざわざ聞かなかった。

しかし、弁当だけではない。

休み時間も「柚奈!」「柚奈ー」「柚奈ッ」とずっと柚奈にひっついてくる。

まあ、柚奈と一緒に行動するのは以前と同じなのだが、前までは蓮達とも一緒に行動していた。

なのに、はたから見ていると、美依は何故か蓮達を避けているような気がする。


「シカゴにでも住んでたのかな?Aussie Englishじゃない?私、小さい頃King's Englishで話すよう身につけさせられたらから、そういうの気になるの。柚奈の英語も綺麗な純正英語だよね」


キングズイングリッシュとは、上流階級の人が話す英語だ。

キングズイングリッシュを話せれば、たいていどこでも歓迎される。

それを話すようしつけられたということは、バイオリンの活動は相当本格的なものだったらしい。

柚奈もフランスなまりがあったので、幼いころ美依と同じく、キングズイングリッシュを話すようしつけられた。


「そうだね・・・でも私はあんまりそういうの気にしないんだよね。でもCockney Englishはあんまり好きじゃないかも」


「あ、それはわかる。下町なまりって感じがするよね」


「それにしても美依はだいぶ日本語にすごい早く慣れてきたね」


「でもまだRとLの発音が残ってるってMomに言われるの」


「あ、また名残が」


二人で笑い合った。

美依の変わり様には少し疑問を抱いたが、それはそれでいい。

しかし、柚奈の予想とは違い、美依が柚奈から離れる気配がないのに少し戸惑っているのはあった。






「ほーい。じゃ、クラス委員を決めまーす」


暑くもないのに出席簿でパタパタと扇ぎながらめんどくさそうに赤センが言った。

とたんに教室がざわめきはじめる。

あちこちで、誰が何の委員になるとか、自分に票を入れてだとかいう声が飛び交っている。

案の定、美依も後ろを向いてきた。


「柚奈って何かなる?」


「ううーん・・・・でもやるとしたら図書委員あたりがいいなぁ」


「そうだなあ、私は入るとしたら環境とか・・・・環境とか活動無さそう」


「でも、環境委員てボランティアとか清掃とかするんじゃないかな。ドブ掃除とかしたりするんじゃない?」


「えー嫌だぁー。じゃあ、候補から外しとこー」


美依は最近、選挙のニュースで「候補」とか「演説」とかいう単語を覚えたらしい。

微妙にアクセントの違うその単語が、柚奈には耳についた。


「ほーい。じゃ、まずは学級委員からいくぞー!なりたい奴は挙手!!」


赤センはそういって思い切り出席簿を持った右手を振り上げた。

だが、それに続いて挙手をするものは誰もおらず、急に教室が沈黙した。


「だよなー。やっぱめんどくせーもんなぁ、学級委員なんてよ」


うんうん、とうなずきながら赤センはこうなる事を予測していたようだった。

そして、なぜかニンマリと笑った。


「だがな、学級委員てのは大切な役割なんだ。雑用を難なくテキパキとこなし、俺の指示にいちいち文句をつけない真面目なやつが・・・」


「つまり赤センの手と足となって働き、面倒な事の一切を引き受けるような奴隷みたいな感じ?」


「そうそう・・・・って待て蓮!!そんな事は無いぞ!学級委員になったヤツには俺にひいきしてもらえるという特典が・・・」


「いらねー!」


クラス中がどっと沸きあがった。

美依も無邪気な笑顔で笑っている。

贔屓(ひいき)」などという難しい単語はどうせ知らないのだろうが、楽しい雰囲気に呑まれているのだろう。

柚奈は少し微笑みを浮かべてはいたが、笑ってはいなかった。


「じゃ、もう適当に俺が決めるぞー」


「えー!推薦とかで決めないのかよ」


「このクラスでのルールは俺だ!面倒くさい事はしない!それがルール!」


ブーイングまじりの笑い声が沸き上がったあと、クラスは急に静まり返った。

赤センは出席簿を開き、名簿を見ている。

クラス中が頼むから選ばないでくれ、と神頼みでもしているようだ。


「よーし!!決―めた!」


赤センが勢いよく出席簿を閉じた。

そしてビシッと指をさした。

柚奈にクラス中の視線が集まった。


「星野柚奈!!!!それから如月桐!!!!!」


「え」


そのとたん、クラス中から拍手がわきあがった。

断ることもできず、仕方なく頭をかいた。

すると、近くの席での会話が柚奈の耳についた。


「学級委員てめんどくさいけど、如月くんがするなら私やりたかったなぁ」


「立候補しとけばよかったね~」


へえ。

柚奈は横目で桐を見た。

自分が学級委員に推薦されることをうすうす予測していたようで、特に驚いてもいない。

しかし、面倒くさい気持ちはあるようで、憂欝そうにため息をついていた。


「柚奈すごーい」


「何が」


「きっと入学式でのアドリブが効いたね」


ふふっと悪戯に美依は笑った。

柚奈はため息をつく。

正直、学級委員になりたかったわけではないが、柚奈は今まで学級委員をやらなかった事が無い。

毎年、毎回のように学級委員に推薦され、中学ではずっと学級委員をつとめていた。

高校になっても同じか。

もう一度柚奈はため息をついた。


「じゃ、早速進行頼むぜお二人さんっ!」


「え」


「さっそく雑用押しつけだ~」


クラスがまたドッと沸き上がる。

赤センはすでに提出物を抱えて教室を出ようとしている。


「え、ちょっと赤セン!!!一体、何を・・・・」


「詳しい事はそこの紙に書いてあるから。よろしく」


赤センは柚奈に敬礼の姿勢をすると、教室のドアをピシャンとしめた。

教室は絶えずざわついている。

柚奈は深くため息をついた。

そのとき、隣の桐が立ち上がった。


「お、頑張れ~桐」


「早速お仕事ですね」


蓮と聖斗が面白そうに笑う。


「うっせ」


半分鬱陶しそうに、そして半分はにかみながら桐は前へと出た。

そのとき、前の美依が柚奈をつっついた。


「柚奈もでないといけないんじゃないの?」


「あ、そっか」


柚奈も続いて急いで前へと出た。

机の上にあった赤センのいう詳細の書いてある紙は1枚しか無く、何となく近寄りがたい雰囲気のある桐に柚奈は自然と距離を置いた。

それにしても、と柚奈は目線を桐から教室へ移す。


女子の目線が痛い。


男子はわりとあちこちで喋っているが、女子はみんな静かに柚奈と桐へ注目している。

いや、おそらくお目当ては桐なのだろう。

そしてその桐の隣に立っている私に、嫉妬の念のこもる眼差しを向けているのだと柚奈は察した。


「はい」


「あ、ども」


桐はふいに紙を手渡した。

そしてその紙に目を通しているうちに、桐はバンッと出席簿で机をたたいてみんなの注目を集めた。


「これから委員を決めます・・・・・・まず、保健委員から」


一気に教室は静かになり、みんなが桐の言うことを聞いていた。

すごい影響力だなあ、と思わず桐の横顔を惚れぼれと見つめた。

すると、その桐がこちらを向いて言った。


「書いて」


桐が指さしたのは黒板。

ああ、と柚奈は小さく声を漏らし、白いチョークを手に取った。

何て愛想の無い奴なんだろう、私は。

はは、と自分で苦笑しながら柚奈は黒板に書いていった。


「あ、ごめん。聞いてなかった。図書の女子誰?」


「美依」


「お」


柚奈は思わず振り返った。

美依と目が合う。

美依はにっこり笑って手でピースサインをしていた。

柚奈も微笑み返し、小さくピースサインをした。

そのとき、教室前方の女子が目立たぬよう陰で会話しているのがふと目についた。


「ねえ・・・・・・・・今、下の名前」


「だったよね!」


「えー、嘘。如月くんの何なの・・・」


「如月くんが英語しゃべれるから通訳してもらってるのよ・・・」


柚奈は、自分は地獄耳を持っているのかもしれないと思った。

思わず聞いてしまった女子の影口。

女子はこういうのが非常に多い。

そして、なによりものすごく面倒くさい。

これは柚奈が特定の親しい人物をつくらない理由の一つでもあった。


「お前が風紀やんのかよ」


ふいに桐の笑い声が聞こえた。

図書の男子に漣聖斗の名前を書き終え、柚奈は振り向いた。


「えーだめー?」


「だめっていうか、無理だろ。その格好じゃ」


桐は蓮を指さした。

蓮は制服の第二ボタンまで開け、赤いネクタイもゆるゆるで、今日は前髪を結んでアップにしている。

その風貌は少し不良っぽくて、でも彼のおおらかで陽気な性格にはとてもよく似あっている気がした。


「じゃ、俺保健になるー!」


あんな不良っぽい奴が委員に入るのか、と柚奈はかなり不思議そうに思った。

周りの人も意外に思っているらしく、あちこちで蓮に向けた声が飛び交っていた。


「ハイ、三国蓮」


桐は後ろを向いて柚奈に囁いた。

その顔にはまださきほどの笑顔がうっすらと残っており、こんなクールな奴でも普通に笑うんだな、と柚奈は思った。

しかし、声にも表情にも出さず柚奈は無言で黒板に書いた。


そして一通り立候補で枠はだいぶ埋まったが、まだところどころ空きがある。

そこでしばらく相談の時間を設け、立候補を募ることにした。

しかし、柚奈は席に戻ることはできず、話し相手もいないまま美依の方に目をやった。

美依は前と同じように、楽しそうに蓮と聖斗と喋っている。


別に避けていたわけじゃないのか。


じゃあ、何で前のように一緒に弁当食べたりしないんだろ、と柚奈は疑問を抱いた。

もう美依も蓮も聖斗も委員に入っているので、相談する必要も無く、雑談を楽しそうにしている。

柚奈はよくわからないまま、頭をかいた。


「なーなー、環境って何すんのー?柚奈―」


とある男子が柚奈を呼んだ。

柚奈はふと目をあげ、ワックスで髪をたてた少し悪ぶった風貌の男子に答えた。


「えーそんな詳しくは書いてないけど、ドブ掃除とかすんじゃねーの」


「ドブ掃除って限定ですか」


「え、それ以外に特に思いつかない」


「いや、まだあるでしょ!何か!!」


クラスがどっと沸き上がる。

柚奈も自然に笑い、大きな声で言った。


「あ、でもあれじゃない?掃除カットになったときとか残って掃除したりさ」


「それ、美化係じゃね?」


「あーじゃ、あれだ。花壇に花植えたりすんじゃないの」


「なんか柚奈ってデメリットしか言ってないよな」


「委員にメリットなんてねーよ。デメリットしか存在しないさ」


「おっ、名言!」


クラスから拍手の混じった歓声と笑い声が沸き上がる。

柚奈も同時に笑っていた。


久しぶりに男子と喋った気がする。


あの男子は猪田という、前の中学が一緒だった男子だ。

柚奈が「イノダ」を「イモダ」と聞き間違えた事から、とても仲が良くなった。

とはいうものの、柚奈は中学が同じ男子なら誰とでも仲がいいのだが。


「へえ、猪田って星野と仲いいんだ」


「てか、あいつ優等生に見えてわりと活発ボーイだぜ」


「BOYじゃねーよ、GIRL」


ネイティブな英語の発音に、おーっと歓声があがる。

柚奈は自然と微笑んだ。

そして黒板の方を振り向いた。


「はい、イモダ環境決定~」


「は?!いやいや、俺まだやるなんて一言も言ってねーし!」


「ハイ何にも聞こえな~い」


大きなクラスの笑い声と、猪田の悲痛の叫び声が聞こえる。

柚奈もくすくすと笑いながら黒板にイモダのフルネームを書いた。


「てかイモダって何?」


「いや、それがさー中1のときに」


たちまち柚奈はクラスに溶け込んでゆく。

これも毎年の事だった。

クラスには溶け込むが、深入りはしない。

広く浅く、それが柚奈の友人関係だった。


クラスがざわめいている。

環境は猪田で決定し、もう本人も諦めていた。

まだ二つほど委員に空きがあるので、クラスではそれについての話が飛び交っている。

さきほど決まった保健の女子の名前を黒板に書いているときに、背後で声が聞こえた。


「ピアニスト?」


ふと手をとめ振り向くと、至近距離で桐がこちらを見ていた。

そして、桐は柚奈の指を指差した。


「指、長いし筋肉ついてる。ピアニスト向きの手・・・・っていうか、ピアニストになるための指だ」


柚奈はぽかんと口をあけたまま桐を見つめた。

しかし、桐もそれ以上は何も言わず、じっと柚奈の指を見ている。


「ああ・・・・・・うん、ピアノしてたから」


「ふーん」


それだけ言うと桐はふいと顔を背け、前を向いた。

そして何事もなかったかのように、委員決めを進行し始めた。

柚奈は思い切り顔をしかめた。


え、何コイツ。


たまにいる。

クラスに一人、柚奈でも親しくなれない人物が。

予想外の事を口にして、予想外の行動をするような人が柚奈は苦手だ。

何を考えているのかさっぱりわからないと、こちらもどう接していいかわからない。


こいつはもしかしたら、その部類に入るかもしれない。


柚奈はさっそく桐に苦手意識を感じ始めた。

桐の綺麗な横顔を睨んで、柚奈はふと美依の方を見た。

美依はまだ和葉達と楽しそうに喋っている。


柚奈は何となく、ため息をついた。


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