第13話 月明かりの下で君に捧ぐセレナーデ
「そうだ!京都へ行こう!!!」
思いきりバスの中に蓮の声が響く。
その声に、ドッとバスの中は笑い声に満ち溢れる。
「いや、もう来てるし」
「わー枝垂れ桜がすごく綺麗ですね」
朝早い出発でほとんどの人がテンションが低く二度寝したりしているのに、バスの1番後ろだけ騒がしい。
左右の窓に2人ずつへばりつき、真ん中の桐はそれに呆れていた。
柚奈達が来ているのは歴史の文化溢れる京都。
低血圧なのか桐はとても眠そうだが、柚奈達は朝からテンションがあがったまま下がる気配がなかった。
「ここなんか秋めっちゃ紅葉綺麗なんだろーねぇ」
「だねー」
「あッ、あそこみたらし団子で有名な甘味処!!」
「グルメばっかですね、蓮は」
京都といえばやはり紅葉なのだが、春の京都もそれはそれで美しい。
辺りを見渡せば風情ある古刹が点在し、道行けばそこには石畳が広がり、そばを舞妓や人力車が通り過ぎる。
迫力ある仁王門に、下を見下ろせば思わず足がすくむ清水の舞台。
どれも教科書などでは伝わらぬ重い歴史を感じさせる。
しかしたいていの高校生は古都の佇まいなどを真面目に見物するつもりはなく、それぞれの目はさっそくいい土産屋を探していた。
「じゃ、これから自由時間をとるぞー!あまり遠くへは行かず、時間厳守だ!」
「うーし、じゃさっそくあそこに有名な八つ橋の店が」
「蓮は食べ物ばっかだなーもー」
蓮を先頭にC組第一班は歩きだす。
蓮はあちこちで京都の和菓子を堪能し、一方で聖斗と桐は真面目に歴史の建造物の素晴らしさをしかと己の目で確かめていた。
柚奈はふと、きょろきょろしている美依に気づいた。
「どしたの?美依」
「え?ああ、私日本の歴史とか詳しくなくて・・・京都なんて来たの初めてなんだもん」
外国育ちの美依にとってはさぞ不思議な光景だろう。
まるで三百年ほど昔にさかのぼったような時代劇の様なこの外観に、どうやら美依は感銘を受けているらしかった。
「すごーい!ね、柚奈これ見て!」
「美依ったらはしゃぎすぎ」
美依は狛犬にまで深い歴史を感じている。
修学旅行で以前にも訪れたことのある柚奈はそこまで素晴らしさを感じる事はなかったが、やはり修学旅行のときよりも楽しみは遥かに感じていた。
美依はそんな柚奈の手を握り、いろいろなところへ足早に連れまわす。
「ね、コレ可愛い!」
「わ、ほんとだあ」
小さな土産屋で見つけたのは、毛糸で編まれた小さなリボンのキーホルダー。
ふわふわのピンクのリボンと黄色のリボンは、可愛いながらもかすかに和の感じがあった。
美依はそれを見て目をキラキラさせている。
「ね、お揃いで買おうよ!柚奈!」
「あッ、いいね!それ!オソロだ!」
「OSORO?」
「あ、オソロっていうのはね・・・」
柚奈が黄色、美依がピンクのリボンを購入し、それぞれ携帯に早速つけた。
揺れる小さな黄色のリボンは、本当にとても可愛らしく、ここでの思い出もたくさん詰まっていそうだった。
「あ、二人ともオソロですか?」
「聖斗」
美依は聖斗に嬉しそうに柚奈とのお揃いのキーホルダーを見せている。
ふと見ると、向かいの生八つ橋専門店で蓮が色とりどりの生八つ橋をほおばっているのが見えた。
柚奈がそれを見て苦笑していると、隣で桐が何かを見ていた。
「桐もお土産買うの?」
「いや・・・別に」
桐は眺めていたキーホルダーをさっと商品棚に戻してふいにどこかへ行った。
少しおかしな行動に柚奈は小首をかしげながら、桐が眺めていたキーホルダーを手にとって見た。
それは二つ入りのプレート型のキーホルダーで、二つのプレートにはそれぞれ穴があいており、二つ合わせるとその穴がハート型になるというものだった。
ハートというところから、おそらくこれはカップルものだろう。
実際に永久不滅だとか恋愛成就だとかなんたらと書いてある。
こういうものは信じない性質なのだが、このプレートは可愛いと柚奈は思った。
「でもこれってカップルもの・・・・桐って付き合ってんのかな?」
桐は女子嫌いのイメージが強かったので、確認を取らずとも彼女はいないものだと思っていた。
しかし、あれだけモテているのに彼女がいないのも普通に考えると変だ。
たとえ女子嫌いでも、高1にもなれば好きな人ぐらいいるだろう。
そしてあの桐ならば、努力せずとも両想いになれるだろう。
ふと、その時目がいったのが、そのキーホルダーの隣にあったペアのネックレスだった。
それはストーン付きのスティックペアネックレスで、ゴールドとシルバーの細いスティック型の男性用アクセだった。
もちろん、女性でもいけるのだろうが、こういう男性ものをカップルでつけるのだろうか?
けれど、カッコいいなと柚奈はそのネックレスを手にとって見た。
そのスティックの裏にはheart-to-heartと書かれている。
以心伝心か。
柚奈は微笑み、そのネックレスを手に取った。
和葉と和音への土産にしよう。
以心伝心など、あの二人の為にあるような言葉ではないか。
それに我が弟ながらかなり美形でモテているあの二人には、アクセサリーがいいだろう。
柚奈はそう思い、そのネックレスを手に取り、レジへ向かう。
すると先ほどどこかへ行ったはずの桐がふと気づくと傍にいた。
じっと柚奈の手に持つネックレスを見つめている。
「・・・・・土産?」
「うん。そうだけど」
「それ、ペアネックレスじゃないの?」
「うん。知ってるよ」
「お前がつけんの?」
はあ?と柚奈は聞き返しそうになったが、意外にも桐があまりに真面目な顔をして聞いていたので柚奈はむっと口をとがらせた。
「何が言いたいの?私がアクセサリーをつけるように見えないって?」
「や、そういうわけじゃなくて」
「つけますよ!ばりばりつけますから!」
柚奈はふんとそっぽを向いてレジへ向かった。
桐はその後姿を見つめて何故か、小さくくそっとつぶやいて腹いせに空気を蹴る。
頭をかいて、ふとさっきのプレートのキーホルダーに目がいく。
ありがとうございました、という店員の声が背後で聞こえ、柚奈が立ち去る足音が聞こえた。
桐は再び、そのキーホルダーを手に取った。
「ごちそうさま」
「あーおいしかったですね」
満足そうに桐と聖斗は箸を盆に置く。
聖斗はふくれたお腹をさすりながら、満足のため息をついた。
するとその隣で、桐と聖斗よりもとっくの昔にごちそうさまを言い終えた蓮がつまようじをくわえてどこか不服そうに寝ころんでいた。
それを見て、美依が小首をかしげる。
「蓮、おいしくなかったの?」
「べっつにー?おいしかったけど」
蓮は口をとがらせる。
一体、何に不満を感じているのかわからないまま柚奈と美依は顔を見合わせた。
それを見て聖斗は苦笑し、桐は呆れてため息をつく。
「蓮なら気にしなくていいんだよ別に。ただ腹が減ってるだけだから」
柚奈も美依も口をぽかんと開けて桐の言葉に耳を疑っている。
お腹がすいてる?
この旅館の料理は大人1人分で結構な量だったはずだ。
それに蓮は昼間食べ歩いて間食を大量に腹におさめているはずだ。
「こいつは今まで腹いっぱいになった事がないほどの大食いだから」
「え、そうなの?」
「でも弁当とか普通サイズじゃん」
「そりゃ毎日毎日満足の行く量を食べてたら食費やばいことになっちゃうし」
蓮は器用に口にくわえたつまようじをくるくると回している。
そして突然、大声を出したかと思うと思いっきり背伸びをした。
「さーーーって!!空腹を紛らわすために風呂行くか!」
「入浴時間はまだでしょ」
「みんなまだ食べてるよ」
ぶぅと再びふくれて蓮は壁にもたれかかってそっぽを向いていた。
そういえば、今思い返すと蓮の弁当は異様にボリュームのあるものばっかりはいっていた気がする。
油物がかなり多いが、その分野菜などももちろんたくさん入っているので栄養バランスは大丈夫なようだったが。
「前に近所にあったバイキングの店3つ潰した事ありましたよね」
「まあ、本当に蓮が原因だったか定かではないけどな」
「でもどれも僕たちが行った数日後に閉店しましたからね」
思い出して何がおかしいのか聖斗は笑う。
尊敬を通り越してもはや恐ろしいなと柚奈と美依はいじける蓮の背中を見つめた。
「風呂の後、各班の班長と副班長は班長会があるのから他の奴らよりも早く風呂から出るように!いいか、遅刻したら今夜は俺と同じ布団だからな!」
ひえーと生徒達から笑いと悲鳴の混じった声があがった。
ふっふっふと赤センは笑いながら部屋を後にした。
その後ろ姿を、あれはまんざら冗談でもなさそうだなと青ざめた顔で生徒たちは見送った。
「あれー、まだ誰も来てないじゃんよ」
柚奈はとある和室のふすまを開けた。
カーテンが全開だったので綺麗な月明かりが部屋に差し込み、電気はついておらずとも部屋がよく見渡せるほど明るかった。
しかし腕時計の時計盤はよく見えないので、今が何時かわからなかった。
「でも時間は合ってるはずだけど。俺等が早かったんじゃねーか?」
「こんなことならもうちょっとゆっくり風呂入れたかもー」
柚奈は窓のそばに積み重ねられた座布団の山にぽーんと身を投げた。
ばたばた両足を動かしていると、柚奈の足の上に桐が腰かけた。
「重いー」
「ばたばたとはしゃぐな。埃が舞う」
むぅと柚奈は顔を座布団にうずめた。
その様子を横から桐はじっと見つめていた。
電気のついていない暗い部屋で、沈黙が訪れる。
「・・・・・・電気つけないの?」
「お前がつけろよ」
「あとから入ったの桐じゃーん」
「普通まず最初に部屋に入った奴が電気つけないか?」
「でもし最初に入った人がつけなかったら次の人がつけるべきじゃーん」
再び体を上下に揺らしてばたばたしていると、頭をぱーんとはたかれた。
柚奈は再びすねておとなしくなった。
ふと部屋を見渡すと、畳に月明かりの逆光で柚奈と桐の影が映っている。
暗い部屋に心地よい沈黙、柚奈はうとうとと眠りに誘われていた。
桐が柚奈の生乾きの髪を手ですく。
柚奈はその感触に、思わず目がさめた。
そしてふと、昼間の事を思い出した。
「そーいえば桐って彼女いるの?」
「・・・は?何で」
「だって、カップルもののキーホルダーじーっと見つめてたから」
「いたことねーよ。彼女なんて」
「えー嘘。すごいモテるのに?」
桐は柚奈のその問いには答えず、何故かじっと柚奈を見つめていた。
再び沈黙が訪れる。
柚奈も問いを待っているのか、じーっと桐の澄んだ瞳を見つめている。
やっと沈黙に耐えかねたのか、桐が小さくほうっとため息をついて窓の外に目線をそらした。
「・・・・・・・お前こそさあ」
「何?」
「ペアもののネックレス買ってたじゃねーか」
「うん」
素直で鈍感な返事に桐は頭をかく。
柚奈が桐の方を見上げたまま無言で桐の言葉の続きを待っているようだったので桐はしかたなく言葉をつづけた。
「お前こそ、彼氏いんの?」
「いないよ」
「じゃあ、何でペアのネックレスなんか」
「ああ、あれは別にそんな深い理由は」
「ふーん」
桐は無関心を装いながらも、しかしどこか安心したようにほっと安堵の息をもらす。
それが何故か柚奈にはわからなかったが、桐のやわらかくなった横顔は月光に照らされとても美しく見えた。
すると桐はごそごそとトレーナーのポケットから何かを取り出した。
「あ、例のブツ」
「ブツって何だ。ブツって」
桐がポケットから取り出したのは、昼間のペアのプレートのキーホルダーだった。
柚奈は思わずそれを手に取って、月明かりでまじまじと見た。
「わーコレ可愛い。ねえ見て、片方に『mutual』でもう片方に『affection』って書いてある。これって合わせて『相思相愛』って意味だよね」
プレートに斜めに筆記体で彫られた相思相愛の英語。
それぞれのプレートには穴があいており、二つを合わせるとハート型になる。
そして端に上品についているピンクと青色のラインストーンが何とも可愛らしかった。
「お前・・・・そういうの好きなの?」
「うん。すごい好き」
柚奈は何故か月光にプレートをかざしている。
柚奈は羨ましげにそのプレートを微笑みながら見つめている。
やっぱり柚奈も女の子だ。
可愛いものを見るとなぜか幸せそうな表情をする。
そして柚奈はしばらくした後それを桐に返した。
桐は、自分の手のひらの上に置かれたその2つのプレートをじっと見つめた。
「いいよ」
「え?」
「やるよ」
意味がわからないまま、柚奈は口をあけて唖然としている。
そして桐は、柚奈の手にピンクのラインストーンと『affection』と書かれたほうのプレートのキーホルダーを握らせた。
柚奈は自分の手のひらの中にあるそのキーホルダーをじっと見つめた後、はっとした。
「ちょっと、ダメでしょ!これは桐が他の誰かの為に買った・・・」
「お前だよ」
柚奈の言葉が途切れる。
その場に沈黙が訪れる。
桐がすぐに「冗談だよ」と口の端に笑みを添えてそう言うのを心のどこかで待っている自分がいた。
けれど、そんな言葉は聞こえはしない。
桐の瞳は月明かりでいつもより澄んでいた。
その瞳のどこにも冗談など混じってはいない。
「元々、初めからお前の為に買ったものだよ」
そう言って桐は差し出された柚奈の手を押し返した。
柚奈は押し返されるがままに、そのプレートのキーホルダーをただぎゅっと握りしめる。
「・・・・・・嘘」
柚奈は思わず小さくつぶやいた。
全くわからない。
理解が追い付かない。
これがただのキーホルダーならもっと素直に喜べただろう。
でもこれは、ただのキーホルダーじゃない。
ペア用のキーホルダーであって、片方は今も桐の手の中にある。
この意味がどうしても理解できなかった。
柚奈は感受性が強い。
自分に好意を寄せている男子など、口には出さないがわかっていた。
相手の仕草や表情、話し方など様々な面から柚奈は細かい不自然な動きを見つけ、察してしまうが柚奈の変わった生まれつきの性だった。
でも、桐は全然予兆がなかった。
わからない。
桐の考えている事が、まるでわからない。
「嘘じゃねーよ」
ゆっくりと、こんな状況でも落ち着いた柔らかい声で桐は言う。
桐は柚奈の目をまっすぐ見つめている。
柚奈は頬に徐々に熱がこもっていくのを感じた。
顔が熱い。
「じゃあ・・・・・何で?」
もしかして、という予想を、そんなわけないという思いが掻き消す。
静かな沈黙がかきたてる緊張と気まずさ。
桐は照れているのか、それともどう表現していいのかわからず困ったように髪の毛をかいた。
さらさらの猫っ毛。
最近の男子はほとんど髪の毛をワックスで逆立てているが、桐の髪は全くの自然体。
まあ、髪の毛がやわらかすぎてワックスをつかっても無意味なのだろうが。
などと変な方向へ意識が飛ぶ。
柚奈はあわてて我に返った。
桐はいまだ自分のボキャブラリーの中から自分の言いたい事をうまく表現できる言葉を探していた。
眉間にシワをよせて、窓の外をじっと見つめて考え込んでいる。
そしてやっと見つけたのか、桐は満月から柚奈へと目線を素早く変えた。
「付き合わない?」
柚奈はただ微動だにせず、桐を見つめていた。
その言葉はあんなに時間を有して考え込んでいたわりにはあまりに単純であっけなかった。
それでもその言葉は非常に大きな意味を持つ。
なのにそれを桐は、頬を赤らめもせず真顔でさらりと口に出した。
柚奈はそのあっけなさにただ口をぽかんと開いていた。
桐はそのあと何も言わない。
柚奈の返事を待っている。
柚奈は無意識に口にした。
「いいよ」
自分でもびっくりするほど、感情のこもっていないあっけない返事だった。
あまりにも単純でスムーズすぎるこのやりとりに、いろいろな感情は行き場を無くしていた。
こんな流れでいいのだろうか。
みんな、こんな感じなのだろうか。
柚奈が心ここにあらずという感じでいろいろと考えていると、気づくと桐の手が柚奈の頬に触れていた。
月明かりに照らされていた柚奈の顔に、影がかかる。
思わず息を止めたその瞬間、突然部屋の扉が勢いよく開いた。
「わーりわり!風呂が思いのほか広くてよー。ちょっとはしゃいでたら・・・・ってん?」
赤センはガッハッハッハと大きく口をあけてベラベラとしゃべっていたが、すぐに部屋の異変に感づいた。
扉の外には柚奈と桐の靴があったのに、部屋に電気はついていない。
よく目をこらすと、部屋には窓辺に立って何故か外の景色を眺めている桐と、少しおかしな格好で畳にねそべっている柚奈の姿が見えた。
「・・・・・何してんだ?お前等」
「外の景色を見てただけです」
「畳の感触を実際に確かめていただけです」
赤センは眉間にシワを寄せる。
じーっと目を細めて柚奈と桐を見つめる。
そして赤センは大げさに息を呑み、口に手を当てた。
「まさかお前ら・・・・・トキメキあっていたのか・・・・・・?」
「ちっ、違う!!」
「なわけねーだろ!」
二人の反論も聞く耳持たずで赤センはふっふっふーといやらしい笑みを浮かべて部屋にあがった。
そしてニヤニヤとして桐の肩を無言でバシッと叩く。
電気も付き、部屋に差し込んでいた月明かりと影も一瞬で消える。
そして赤センの後からはぞろぞろと他の班の班長も入ってきた。
そして普通に班長会が始まり、何事もなく進行していく。
柚奈と桐も、いたって普通に明日の予定について話し合った。
まるでさっきまでの出来事が幻だったかのように。
何が起こってたんだっけ?
柚奈は月夜に上書きされるように部屋の明るさが窓に反射して映る自分を見つめた。