第1話 入学式
4月10日。
今日は始業式。
星野柚奈。16歳。
私は今日から、高校生になる。
華の高校生に。
「え、コレ紙見ずに言うの?」
担任から告げられた一言に、柚奈は呆然とした。
本日の入学式で、柚奈は新入生代表の挨拶をしなければならなかった。
しっかり準備していた台本を、あっけなく拒否された。
今日この日のためにしっかり練習してきた、なんて事はなく、台本読めばいいだけだと思っていた柚奈は入学初日にして大ピンチを迎えた。
「うーわー」
口を押さえてため息をつく。
もうすでに体育館の前に新入生は全員並び終えており、あとは時が来るのを待つだけだった。
入場しながら覚えろとでも言うのか。
当然、無理な話だ。
「・・・・・」
ふと、隣の子の視線に気づく。
柚奈はちょうど出席番号が真ん中だったので、二列で並ぶと右の列の1番前になる。
隣にいる出席番号が1番最初の見知らぬ女の子がじっとこちらを見上げていた。
柚奈はまあまあ背が高い。
身長は168だ。
その子はここに並んでいる事から同い年なのだろうが、背が低い。
顔も少し幼くて、正直とても高校生には見えない。
見ようによっては小学生にも見えるほどだ。
身長は見た感じからすると150ちょっとなのではなかろうか。
しばらく目が合う。
至近距離で目が合ってはいるのに互いにしゃべらない気まずい空気。
耐えられなくなった柚奈は口を開いた。
「えっとー・・・・どこ中?私は天城中。すぐそこの天城ヶ丘中学校」
すると、真顔のままその女の子は首をかしげた。
「・・・・ドコチュウ?」
女の子は眉間にシワを寄せる。
再び止まる二人の時間。
するとその時、担任が大きな声を出したのでみな私語をやめ静寂が訪れた。
正直、ほっとした。
このまま会話が続かず沈黙のままではさすがに耐え切れない。
というか、そういえば柚奈はそれどころではなかったのだった。
「いやー、すまんな。星野。今年の1年はしっかりしてますから台本なしでもいけますよって教頭先生に言っちゃったんだよねー」
親父のくせにてへっと笑う担任の赤田先生。
どうみてもごつい体育会系なのに担当の教科が日本史というこのギャップに初日早々笑いをとった結構ベテランの先生。
代々生徒の間で伝わるあだ名は赤センらしい。
「ホント迷惑ですよ、赤セン」
「わ、早速つかったな!俺のあだ名!やー照れるなーそんなナチュラルに使われるとー」
ははははと口を大きく開け、胸を反らして笑う姿はまさしく親父。
そしてとうとう入場の時がやってきた。
やべぇ、どーすんだよコレ・・・
「なぁ、知ってる?新入生代表で挨拶する奴、そらで言うらしいよ」
同じく新入生として列に並んでいる長身で茶髪の3年のちょっと不良っぽく制服を着崩した男子が入荷したての噂を話していた。
列に並んでいる新入生はみな口々に私語をしていて騒いでいるため、少しの私語もざわめきにかき消されそうだった。
「え、本当ですか、それ」
「・・・新入生代表挨拶ってそれなりに長いもんじゃねーの」
「そうだよ。だから見ものだなーって」
茶髪の男子が歯を出して笑う。
隣の茶髪のショートヘアの男子は、呆れるように言った。
「見ものって蓮・・・・」
「だってそうじゃね?聖斗だってちょっと思ってんじゃねーの?なぁ、桐」
「まあ・・・・どんだけ期待がかかった優等生なのか」
その隣にいる漆黒の髪のストレートで首までのショートの髪の男子は、少し悪戯に微笑んだ。
その時、体育館の中から進行を務める教頭の声がマイクを通して聞こえてきた。
とたん一瞬にして新入生達は静まりかえる。
新入生の入場だ。
『新入生代表挨拶、1年C組 星野柚奈』
「はい」
柚奈は立ち上がり、祭壇の上にいる校長の正面へ立った。
静かに深呼吸をする。
そして、口を開いたが、言葉がでてこない。
やべぇ。早速忘れた。
少し不審な間が空く。
柚奈は頭の中をかけめぐらしたが、どうしても最後のまとめのフレーズしか思い出せない。
かきだしと内容をすっかり忘れてしまった。
少しずつ体育館内がざわめきだしたときだった。
「・・・・・・・・桜が花開き、山々の木々が新芽を芽吹かせ、暖かな春の日差しが校庭の花々を美しく照らしています」
突如始まったアドリブの挨拶に、体育館は一瞬にして再び静寂につつまれた。
柚奈はそのあともすらすらとアドリブを続けていく。
用意していた台本とは違う文を、思いついたまま口にした。
『礼』
教頭の合図で柚奈は頭をさげ、自分の席へと戻った。
何とかアドリブで切り抜けた。
柚奈はひとまず胸をなでおろした。
「あれ、多分アドリブだったよなぁ」
入学式も無事終わり、新しい教室へと男子3人は歩いていた。
茶髪の蓮と呼ばれていた男子は頭の後ろで手を組んだ。
「アドリブにしては結構内容もよかったんじゃないですか」
「それ思った。最初の書き出しなんて、俺インターネットで調べなきゃ多分わかんねーよ。なあ、桐」
蓮はははっと笑う。
黒髪の桐と呼ばれた男は1人黙っていた。
そして3人はC組の教室へと入っていった。