冒険から帰ってきたクマノスケ
晴太くんは、あと半年で小学生になるちいさな男の子。人見知りがあって、幼稚園のみんなとあまりなかよくなれず、ひとりで遊んでいる子どもでした。
でも晴太くんは、ちっともさびしいと思ったことがありません。
「クマノスケ、ほら、ちっちゃなクワガタ、取ってきたよ」
小さな木からおりてきた晴太くんは、晴太くんと同じくらいの大きさがあるクマのぬいぐるみに、クワガタムシをプレゼントしました。晴太くんは、家にいるときも、幼稚園にいるときも、外に出ているときも、クマノスケというクマのぬいぐるみと、いつもいっしょにいるのです。
『わあ、ありがとう晴太くん。あんな高いところにいるクワガタを取れるなんて、晴太くんはすごいね』
「へへっ、ありがと」
晴太くんが話しかけると、クマノスケも晴太くんにことばを返します。でも、クマノスケのことばは、晴太くん以外には聞こえないようなのです。
空がオレンジ色になりはじめて、お母さんが幼稚園へむかえに来てくれました。
「晴太、今日もたくさん遊んできた? そろそろクマノスケといっしょに、おうちへ帰りましょ」
「うん。あっ、それでね、ママ、今日は木にとまっていたクワガタをつかまえたんだよ!」
「へえ! すごいじゃない」
「それをクマノスケにプレゼントしたら、クマノスケ、すっごくよろこんでたよ!」
「……それは、よかったわねぇ」
ふしぎなことに、いつからかお母さんは、晴太くんがクマノスケについて話をすると、かなしそうな顔をするのです。
ある日の朝、晴太くんが小学校へ入学する一週間前のこと。お母さんがリビングで朝のしたくをしていると、晴太くんが青い顔をしてやってきました。
「お母さん! クマノスケがいない! 昨日の夜はたしかに、ぼくとママといっしょにねてたのに!」
お母さんはゆっくりと晴太くんのほうをむくと、やさしい声で言いました。
「晴太、クマノスケはね、冒険にいったのよ」
「ぼ、冒険に?」
「そうよ、晴太くんはいつもすてきなものをたくさんプレゼントしてくれるから、ぼくも何か宝物を見つけてプレゼントしなくちゃって、それで……」
「なんで、なんでクマノスケは一人で行っちゃったの! 昨日の夜だって、小学校でもずっといっしょにいようねって、クマノスケ、言ってたのに!」
「晴太……」
「ママもどうして止めてくれなかったの!? ママのバカ!」
晴太くんはなみだをぽろぽろこぼして、お母さんの足もとに抱きつきます。
「晴太、クマノスケはいつかきっと帰ってくるわ。それまでがまんしてちょうだい」
「いいもん、ぼくひとりでもクマノスケをさがすから! ママなんか知らない!」
晴太くんは泣きじゃくりながら、出て行ってしまいました。そのすぐ後、晴太くんといれかわるように、お父さんがリビングにやってきて、お母さんと話しはじめます。
「晴太のやつ、そうとうショックだったみたいだな」
「あなた、本当にこれでよかったのかしら。ぬいぐるみとはいえ、晴太とクマノスケは本物の友だちみたいだったのに……」
「大丈夫、かわいい子には旅をさせよ、って言うじゃないか。晴太も最初はさびしいだろうけど、きっとのりこえて、成長していけるはずさ。その時がくるまで、クマノスケにも待ってもらおうよ」
「そうね、にどと会えないわけじゃないものね。わたしも、晴太が小学校でうまくやっていけるよう、がんばらなくちゃ」
その日から、晴太くんはなんどもクマノスケをさがしました。
よく冒険ごっこをしてあそんでいた公園。ビー玉やきれいな石をうめておいた幼稚園のすなば。家の庭にある物置の中。お父さんやお母さんからあぶないと言われていた川の近くまで。
でも、とうとう晴太くんは、クマノスケを見つけることができませんでした。
それから、何年がたったでしょうか。
「へえー、この家の天井うらにこんなスペースがあったなんて、知らなかったなぁ」
晴太くんはすっかり大人になり、今ではお父さんと同じように仕事をしています。今日はわけがあって、子どものころにくらしていた家へもどってきたのでした。
「おれが産まれてすぐにたてられた家だもんな、まだどこもきれいだ。さて、何か使えるものはないかな、と」
晴太くんはうす暗い天井うらに置かれているものを、ひとつひとつ調べはじめます。
「この本、小学校のころによく読んでいたな。おっ、ゲームソフトもあるぞ。みんななつかしいものばかりだ……おや?」
天井うらのすみっこに、青いビニールぶくろで大事そうにつつまれているものを、晴太くんは見つけました。
「なんだろうこれは。ぬいぐるみかな? おれ、こんなサイズのぬいぐるみ持ってたっけ」
晴太くんがていねいにビニールをとると、クマのぬいぐるみが出てきました。
「あっ」
それを見たとたん、晴太くんがずっと心のおくにしまっていた大切な思い出が、つぎつぎに目の前にうかんできました。
『晴太くん、久しぶりだね』
「クマノスケ……」
ふくろの中にいたのは、あのクマノスケだったのです。
「クマノスケ、お前、冒険から帰ってきたのか」
『うん、ずいぶん長い間、るすにしちゃったけど、ボクは無事だよ』
「どうして何も言わず、ひとりで行っちゃったんだい。ぼく、心配したんだよ」
『ごめんね。でも、晴太くんのお父さんとお母さんからも、そうしてほしい、それが晴太くんのためになるって、言われてたから』
「そうか、そうだったんだね」
クマノスケとはなす大人の晴太くんの目には、うっすらとなみだがうかんでいます。
「クマノスケ、ぼくもさ、クマノスケがいないあいだにいろんな冒険をしたよ。小学校や中学校、それに高校と大学っていうところに行って、たくさんの人と出会ったんだ。それと、都会って、わかるかな。そこにある、会社っていう大きなお城で、いま仕事をしているんだよ」
『うわあ、そんなにたくさん。やっぱりすごいね、晴太くんは。そうそう、ボク、冒険に行ってすてきな宝物を見つけたよ!』
「宝物! すごいじゃないかクマノスケ。どんな宝物なんだい?」
『それはね……』
「ねえ、晴太。だいぶ時間たったけど大丈夫? 天井うらに雨もりでも見つかった?」
声がするほうを晴太くんがふりむくと、天井うらの入り口から、女の人が顔を出していました。
「あっ、ごめん朋子。なつかしいものが多くて、つい夢中になっちゃって」
「ねえそれって、クマのぬいぐるみ?」
「うん、おれが幼稚園のころに……」
「なつかしー! それって、わたしの家にもあるぬいぐるみだよ!」
さらに何年かたって、晴太くんと奥さんの朋子ちゃんは、ひとりの子どもをさずかっていました。
「ハッピーバースデー、空。1さいのたんじょうびおめでとうね」
「ハッピーバースデー! ほーら、クマノスケとクマミも、空におめでとうって言ってるぞ!」
晴太くんは、ソファーにすわっていた2つのクマのぬいぐるみをもってきて、赤ちゃんに見せます。朋子ちゃんに抱かれている赤ちゃんは、ぬいぐるみを見てきゃっきゃと笑います。
「さーて、これからおたのしみの、たんじょうびプレゼントだ!」
テーブルの上に置かれていた箱を、晴太くんはゆっくりと開け、中に入っていたものを取り出しました。
「じゃーん。パパとママとおそろいの、クマのぬいぐるみだぞ!」
「おおっ、空にそっくりのクマさんだよ。よかったね、空」
赤ちゃんはプレゼントを見て、より大きな笑い声をあげました。
「それじゃあ晴太、ソファーで記念写真をとろっか」
「オッケー。さっそくじゅんびするよ。父さんや母さんにも、見せてあげないとな」
晴太くんはソファーにクマノスケと、その奥さんのクマミ、そして、新しいクマのぬいぐるみをまんなかに置きました。
「ごめんね、時間かかっちゃって。これで、3人家族どうしだよ」
『ううん、ありがとう晴太くん。ところで、この子の名前は何にしよう?』
「あ、そうか。ええと、ぼくの子どもが空だから……」
「晴太ー、じゅんびできたー?」
「ああ、ごめんごめん。もうちょっとまって!」
2つの家族がなかよくソファーにすわり、カメラの前で笑顔を見せていました。
「はい、チーズ!」
冒険から帰ってきたクマノスケと晴太くんは、ともに家族という、かけがえのない宝物を手に入れたのです。
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