表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/35

 私の婚約者はいなくなった。


 私はもう自由の身。なにも遠慮することはない。


 私は厩舎の壁際にレアンドルを追い詰めた。


「さあ!さっさとシましょう!」


「ちょっと待て!落ち着け!」


「そんなに勿体ぶらなくてもいいじゃないの。減るものでもあるまいし」


「減る!なにかが確実に減っちまうから!

 というか、なんで俺がその台詞を言われる側なんだよ!普通逆だろ!」


 壁に背をつけ、降参するように両手を上げるレアンドルの両脇に、私は手をついて逃げられないように閉じ込めた。


 騎士服姿の逞しい男が、頭一つ分以上も背が低い女に捕らえられている。

 傍から見たら、なんともおかしな光景だろう。


「据え膳食わぬは男の恥なんじゃないの?」


「どこでそんな言葉覚えたんだよ!」


「庶民向け恋愛小説!最近仲良くなったメイドさんたちに貸してもらったの」


 私は現在、王宮で働くメイドたちの寮に住んでいる。

 そこで人生初の友達ができたのだ。

 同じ年頃の女の子たちと本を回し読みしたり、お菓子を分け合ったりしながら楽しく暮らしている。


「公爵令嬢がそんなもん読むな!」


「私はただのジョゼよ。もう公爵令嬢なんかじゃないわ」


 私はレアンドルの体に胸を押し付けるようにして距離をつめた。

 ジョゼになってから食事もきちんと食べられるようになったので、ガリガリだった体は丸みを帯びてきて、胸もそれなりに育った。

 少なくとも平均的なサイズにはなっているはずだ。


「私もあなたも、明日はお休みでしょ?するには、ちょうどいいと思わない?」


 レアンドルの喉ぼとけが上下した。

 苦し気に寄せられた眉に、赤く染まった頬。


「くそっなんなんだよこの女……!」


 どうやら、誘惑はある程度成功してはいるようだ。

 陥落まであと一声といったところだろうか。


『ジョゼ、レアンドル。少しいいだろうか』


 ひょいと顔を覗かせたのは、イヴェットの番であるブリュノだった。

 イヴェットに次いで大きく強大な、美しい青の鱗をした竜だ。


『おまえたちの事情は、よくわかっているつもりだ。

 その上で口を挟ませてもらう』


 ブリュノは銀色の澄んだ瞳で私たちを交互に見た。


『イヴェットが言ったことは本当だ。

 おまえたちが性交をすれば、レアンドルの魂は竜と契約を結べるようになるだろう。

 ただし、今ここにいる竜とは無理だ。

 レアンドルの魂に見合う竜がいない』


 現在、竜騎士団には誰とも契約をしていない竜が五頭いる。

 その竜とレアンドルでは契約を交わすことができないらしい。


『気持ちはわかるが、急ぐことはない』


「でも、野生の竜にはいつ出会えるかわからないのよ。

 それがもし明日だったらどうするのよ。早めに備えておかないと」


『それはそうだが、まずは、なぜレアンドルが性交するのを躊躇っているのか聞いてみなさい。

 それがわからないことには、先に進めないだろう』


 なるほど。確かにそれはそうだ。


「レアンドル!どうして私とシたくないの?」


「う……だって、そりゃあ……」


「やっぱり、わたしが可愛くないから?」


「違う!そんな理由じゃねぇって!」


 私が思いつく唯一の理由なのに、かなり怖い顔で否定されてしまった。


「じゃあ、どうして?」


 首を傾げて覗き込むと、赤い顔をしたレアンドルが眉を寄せた。


「だってなぁ……女にとって、そういうのは大切なもんだろ。

 それを、俺なんかのために奪っちまうのは……どうしても、気が咎めるんだ」


「私がいいって言ってるのに?」


「いくらなんでも、あんたの払う犠牲が大きすぎるんだよ!

 いっそ、あんたが嫌な女だったら、遠慮なくヤらせてもらうんだが……あんたは、そうじゃねぇ。

 俺は……あんたに、悲しんだり傷ついたりしてほしくねぇんだよ」

 

 レアンドル……一見粗暴なように見えるが、優しいひとだ。

 だからこそ、竜に好かれるのだ。

 私もそれがよくわかっているから、純潔を失ってもいいと言っているのに。


 どう説得しようかと私が考えを巡らせていると、またブリュノが口を開いた。


『おまえたちは、もっとお互いのことをよく知った方がいいのではないか』


 銀色の瞳が交互に私たちを見た。


『人間は季節を問わず発情しているようなものだが、性交というのは番かそれに近い関係の男女がする行為なのだろう?

 前世からの深い縁があるとはいえ、まだ出会ってから数日しか経っていないのだ。

 まずは、親しい関係になることを目指したらどうだろうか。

 そうすれば、レアンドルにもジョゼの気持ちが伝わるのではないか。

 あるいは、レアンドルからジョゼを求めるようになるかもしれない。

 そうなったら全ての問題は解決する。

 おまえたちは相性がいいのは確実なのだから、焦って関係が悪くなるような愚を犯すことはしてほしくないのだ』


 それだ!顔を輝かせる私と、怪訝なというより、どこか怯えた顔のレアンドル。


 通訳すると、レアンドルは驚いた顔をした。


「ブリュノは、人間のことがよくわかってるんだな」


『私はイヴェットの番となってからここで暮らし始めたが、それから人間観察が趣味になったのだよ。

 人間とは興味深く面白い生き物だ。

 二百年以上経っても、飽きることがない。

 お前たちは、その中でも特に興味深い』


 ブリュノの銀色の瞳は穏やかで、見ているとこちらも心が凪いでいくような気がする。


『人間はデートというのをするのだろう。

 二人でどこかに出かけて、そのデートとやらをしてきたらどうだ』


「そうするわ!ありがとうブリュノ!」


 私は再びレアンドルに迫った。


「というわけで!デートをしましょう!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ