⑧
「突然なに言ってんだよ!」
「正確には、そういう行為だけすればいいのであって、赤ちゃんはできなくてもいいんだって」
「いやいや、だから、なんでそんなことが必要なんだよ」
「そうすれば、あなたの中に残ってる私の欠片が、私に戻ってくるってイヴェットが言ってるの」
「はぁぁぁ~!?なんだよそれ!他に方法はねぇのかよ!」
『ないわ!少なくとも、私は思いつかないわね。皆もそうでしょ』
竜たちは口々にイヴェットに同意する。
「そうするしかないって皆言ってるわ」
「そんな……嘘だろ……」
頭を抱えて苦悩するレアンドル。
「そうとわかったら、早速今からでもシしてしまいましょう!
大丈夫!私、この前十八歳になったのよ。
もう成人!大人なんだから!」
「とてもそうは見えねぇんだが……」
胸を張った私を、レアンドルはなんだか可哀想なものを見るような目で見た。
フランセットだった時は食事もあまり与えられずガリガリに痩せていたので、身長もあまり伸びなかったのだ。
それでも、私は引き下がるわけにはいかない。
私はもう覚悟を決めたのだ。
「それで?どっちの部屋に行く?それとも、外で宿でもとったほうがいいのかしら」
話を進めようとする私を、レアンドルが慌てて遮った。
「待てよ!あんた、貴族の令嬢だろ!なんでそんなに潔いんだよ!」
「オクレールの姓は捨てたわ。今の私はただのジョゼよ」
「だとしても!そういうのは、大事にしなきゃいけねぇもんだろ!」
「もっと大事なものが取り戻せるんだもの。そのためなら、私なんでもするわ」
「簡単になんでもするとか言うんじゃねぇよ!
俺が悪いヤツだったら、あんたはズタボロになるかもしれねぇんだぞ!」
「レアンドルはそんなことしないってわかってるから、言っているのよ。
これだけ竜に好かれるんだもの、きれいな心をしているのは明らかだわ」
「だからってなぁ!」
「それとも、私みたいな貧相なのが相手じゃそんな気になれない?」
今の私は、化粧もせず髪も簡単に纏めただけで、下働きの男性用のお仕着せを着ている。
レアンドルはモテそうだし、私なんかに触れるのは嫌かもしれない。
「そんなわけねぇだろ!あんたは貧相なんかじゃねぇよ!ヤろうと思えばヤれるよ!」
「ならいいじゃない。あ、もしかして恋人がいる?それか婚約者がいるとか?」
「そんなのはいねぇけどよ……というか、あんたに婚約者がいるんじゃなかったか?」
「あ……そうだった」
言われてやっと思い出した。
気持ちはとっくに離れているが、手続きもなにもしていないので、まだ婚約したままになっているはずだ。
「相手は王子様なんだろ?王族の婚約者に手なんか出せねぇよ」
それは、そうかもしれない。
だったら、私がすることは一つだ。
「私、一刻も早く婚約破棄できるように、おじ様にお願いするわ!
それからなら、心置きなくできるのよね!」
「だから、そういうことを大声で言うな!」
ぐっと拳を握った私に、レアンドルは少し赤い顔で叫んだ。
一から十までなにもかも包み隠さず説明した私に、おじ様も最初にレアンドルがしていたように頭を抱えて苦悩した。
「他に、方法はない、と……?」
「ないそうです!なので、私とレアンドルはシないといけないんです!
そのためにも、さっさと婚約破棄したいので、手を貸してください!」
私はとっくに覚悟を決めているのだが、レアンドルは物凄く気まずそうな顔をして私の隣で俯いている。
「ジョゼは……レアンドルのために、そういうことをしても構わないと思っているのか?」
「もちろんです!だからこそ、こうしてお願いしているのではありませんか」
レアンドルがこうなってしまったのは、私が原因なのだから、私が純潔を失うことでレアンドルを助けられるなら、喜んでそうする。
もう貴族の令嬢ではないのだから、私の純潔に価値などない。
「ちなみにだな……その……閨事のことは、ちゃんと理解しているんだろうな?」
「閨指南書を読んだことがありますから、なにをどうするのかは知っています。
なんだったら、人間がそういうことをしているのを、前世の私が見た記憶もあります」
「…………」
おじ様まで俯いてしまった。
「えー……そう、婚約破棄だ。まずは婚約破棄のことを考えることにしよう」
私は頷いた。
レアンドルのことがなくても、婚約破棄は私の中では確定していたのだから、ちょうどいい。
「まず、マルスランのアホは、まだ謹慎中だ。
いつ謹慎が解かれるのかは陛下次第だが、まったく反省していないそうだから、当分はこのままだろう」
陛下から大目玉を喰らったという話だったが、それくらいでは矯正できなかったらしい。
「ジョゼ。今のきみは、魔力がとんでもなく豊富で、竜に詳しくて、竜に懐かれていて、既に竜騎士団になくてはならない存在になっている。
ただの令嬢に戻すより、このまま竜騎士団で働いてもらった方が、国として有益なんだ。
そして、きみのような希少な人材を、王家としては囲いこんでおきたい、と陛下は考えている。
その手段としては、王族の誰かと結婚するのが一番簡単で確実なんだが、現在独身の王族の男は、俺とマルスランだけだ。
マルスランとは、もうどう考えてもいい関係は築けないだろうし、あいつの臣籍降下は覆らない。
というわけで、実は、俺とジョゼを婚約させようかって話が出てたんだ」
「私とおじ様がですか!?」
私は目を丸くした。
おじ様のことは大好きだし信頼しているが、異性として見たことはない。
「もちろん断ったよ。
そんなつもりでジョゼを保護したわけじゃないんだからな。
それに、ジョゼにまた王命で婚約を押し付けるのは可哀想だって言ったら、陛下も引き下がってくれた」
私はほっと胸を撫でおろした。
ほとんど話をしたことはないが、陛下が情のある方で助かった。
「それで、その話になった時に、マルスランとジョゼの婚約解消をしようとしたんだが、マルスランがそれを拒否した」
「え?なんでですか?あれだけのことを私にしたのに?」
「あのアホの評判は、既に地に落ちている。
それを少しでも取り戻すために、きみと正式に結婚して、きみに許されたということを示したいんだろう。
それから、有能なきみの夫の座を得ることができれば、臣籍降下しても強い影響力を持つことができる、と考えているらしい」
私は顔を顰めた。
なんて自己中心的なんだろう。
迷惑極まりない。
「じゃあ……どうしたら、婚約解消できるのでしょう?」
「うーん……マルスランが解消に納得してくれるのが一番なんだがなぁ。
陛下も末息子が可愛いから、婚約解消には消極的なんだ」
王命ですぱっと解消してくれたらいいのに、それはどうやら望みが薄いらしい。
親からしたら息子の立場を守りたいというのはあるのだろうが、そのために私が犠牲にならないといけないのは、理不尽なのではないか。
「あの、こういうのはどうでしょうか」
今まで黙って話を聞いていたレアンドルが口を開いた。
「ジョゼを失うのは、国としても竜騎士団としても避けたいところですよね。
なので、第三王子殿下と結婚するくらいなら竜に乗って別の国に逃げる、とジョゼが言っているということにしてはどうでしょうか」
「なるほど!いい考えね!
イヴェットに頼んだら、隣の隣の国くらいまで連れて行ってくれそうだわ」
「止めろ!変な知恵をつけさせるな!ジョゼなら本当にやりかねない!」
ぱっと顔を輝かせた私に対し、おじ様は頭痛を堪えるような顔で叫んだ。
「私、本当に実行します!第三王子殿下と結婚するくらいなら、国外逃亡しますから!」
「わかった!わかったから!陛下にそう伝えるから、逃亡はやめてくれ!」
この数日後、マルスラン・アングラード第三王子とフランセット・オクレール公爵令嬢は正式に婚約解消したと発表され、私は飛び上がって喜んだ。