⑥
イヴェットの説明は次のような内容だった。
私はロイクと魂を繋げていたわけだが、そうすることをアングラードでは契約と呼んでいる。
通常、竜騎士が引退した時、もしくは竜騎士が亡くなった時、契約していた竜は速やかに契約を解除し竜騎士の魂を解放する。
そうすることで、竜騎士の魂はただの人間の魂に戻り、竜はまた新たな人間と契約を結ぶことができるようになる。
前世の私たちは、契約したままほぼ同時に命を落とした。
そのせいで、レアンドルの魂には私の魂の欠片が残ってしまった。
それは、竜と契約している状態に極めて近く、それがレアンドルが新たに竜と契約できない原因となっている。
レアンドルは私が通訳をするたびに顔色が悪くなっていった。
周りの竜騎士たちも、気の毒そうにレアンドルを見ている。
「……なんだよそれ……」
説明を聞き終わると、レアンドルはぽつりと呟いた。
赤い瞳が怒りで燃え上がり、私を睨みつけた。
「あんたのせいだったのか!あんたのせいで、俺は竜と契約できなかったのかよ!」
レアンドルは腕にくっついていた私を乱暴に振り払った。
「やめないか!冷静になれ!ジョゼが悪いんじゃないだろう」
おじ様はよろめいた私を支えながら、レアンドルを宥めようとした。
「前世のことなんか知るかよ!俺が今までどんな思いをしてきたか、あんたにわかるか!」
「レアンドル!やめろ!」
私の胸倉をつかもうとしたレアンドルを、クロヴィス様が羽交い絞めにした。
「あんたのせいで!俺は!」
「レアンドル・バロー!」
おじ様は竜騎士団長の顔で鋭く叱責し、これにはレアンドルも条件反射的にぱっと姿勢を正した。
「宿舎に戻って頭を冷やせ。今日は自室から出ることを禁ずる。行け!」
「……は」
レアンドルは敬礼し、私をギラリと睨みつけてから足早に去っていった。
私はその背中を見送りながら、体が硬直したままだった。
幸運にもロイクの生まれ変わりに会えたというのに……
嬉しくて高揚していた心がしゅんと萎んで、私は唇を強くかんで俯いた。
「すまない、ジョゼ。怖い思いをさせてしまったな」
申し訳なさそうに眉を下げるおじ様に、私は首を横に振った。
「レアンドルはな、俺の前の竜騎士団長の孫なんだ。
あいつは、小さいころから竜が好きで、祖父のように竜騎士になるのが夢だった。
騎士としての腕も申し分ないし、竜たちにも異常なくらい懐かれていたから、確実に竜騎士になれるだろうと本人も周囲の皆も思っていた。
ところが、あいつはどの竜とも契約できなかった。
あいつの落胆ぶりは、見てられないほどだった」
当時のことを思い出したのか、おじ様もクロヴィス様も辛そうな顔になった。
「あいつは契約はできなかったわけだが、どういうわけか契約していない竜が背中に乗せて飛んでくれるくらい竜に好かれている。
だから、ほとんど俺の独断で、例外的に竜騎士として採用したんだが、そのせいで半端な竜騎士と陰口を叩かれるようになってしまった。
あいつと契約できる野生の竜が見つかるかもしれないからと、遠征はできるだけあいつに行かせたりもしてたんだが……それも無駄だったわけだな」
前世の私のせいで、レアンドルがそんな苦しい立場になっていたなんて……
「ジョゼ。今のきみも、前世のきみも、なにも悪いことはしていない。
ただ……あいつのさっきのアレは、できれば大目に見てやってほしい。
少し時間をおいたら、あいつだってきみを責めるのがどれだけ筋違いなことかわかるようになるだろうから」
「わかっています……私は、大丈夫です」
私はズキズキと痛む胸を押さえ、イヴェットのエメラルド色の首に顔を埋めた。
そんなことがあった二日後のこと。
一日の仕事が終わり、掃除道具を片づけて、竜たちにまた明日と言って帰ろうとしていた時、
「ジョゼ」
と、遠慮がちに声がかけられた。
振り返ってみると、そこにいたのは、なんだか情けない顔をしたレアンドルだった。
「この前は……悪かった。つい、頭に血がのぼっちまって……」
黒い騎士服に包まれた逞しい体を縮めるように、レアンドルは私に頭を下げた。
「ロイクと前世のあんたのことが書いてある本を、改めて読んだよ。
竜のジョゼは、立派に戦って死んでしまったんだよな。
契約を解除する余裕なんてなかったんだろう」
その通りだ。そんな余裕はなかった。
それに、私は人間と契約した最初の竜だったから、解除しないといけないことも知らなかった。
「反省してるよ。だから、その……許して、くれねぇかな」
「いいのよ。もうとっくに許してるわ」
最初から私は怒ってなどいなかったのだから。
私が笑って見せると、レアンドルもほっとしたように表情を緩めた。
「それで……一つ、頼みてぇことがあるんだが……」
「なに?」
「俺、あれから考えたんだ。
俺が竜と契約できねぇ原因がイヴェットにはわかったんだろ。
なら、その対処法もわかるんじゃねぇかって」
私はポンと手を打った。
そうだ。イヴェットなら、どうにかできる方法を知っているかもしれない。
なんで今まで思いつかなかったんだろう!
「今すぐ!イヴェットのところに行きましょう!」
私はレアンドルの腕を引っ張りながら、ついさっき後にしたばかりの厩舎に向かって走り出した。