㉚
十四頭の竜は、北を目指しV字編隊で飛び続けた。
前世の私は、他の竜と群れたことがないので知らなかったのだが、こうすることで長時間の飛行による体力の消費を抑えることができるのだそうだ。
先頭はイヴェットとブリュノで数刻ごとに交代し、私を乗せたノエは最後尾にいる。
まだ幼いノエを心配して、大丈夫かと問いかけてみたが、
”これくらい大丈夫!”
と返ってきた。
私を乗せていても、成竜と同じ速度で飛び続けるくらいは平気なようだ。
むしろ、久しぶりの遠出にワクワクしている気持ちが伝わってくる。
母親であるリディだけでなく、他の竜たちのことも信頼していて、仲間たちが魔物を蹴散らすのを楽しみにしているようだ。
”母さんも皆も強いから大丈夫だよ”
私の不安が伝わったようで、逆に励まされてしまった。
やっぱりノエはいい子だ。
次第に空が暗くなり、気温が低くなってきた。
遠くに見える山頂付近が白い山が、きっとランドン山なのだろう。
私は手綱をぎゅっと握った。
私は、私の役割を果たさなければ。
私は私のやり方で、皆を守るのだ。
完全に日が落ち、空には星と三日月が輝くころになって、やっと目的地が見えてきた。
メサジュとは違うが、堅牢な石造りの城壁に囲まれた、砦のような小都市。
あれがデュラクの領都だ。
ランドン山側にある城壁の外側には、人間の気配に引き寄せられた魔物がうじゃうじゃとつめかけているはずだ。
辺りは夜の暗闇に包まれているが、これくらいの月明りがあれば竜たちの目には昼間と同じくらいはっきりとものが見える。
竜騎士たちも、夜目が利くようになる薬を飲んでいるので、暗くても問題ない。
魔物は夜だからといって休んではくれないのだ。
到着次第、竜騎士たちは魔物狩りを開始し、私は負傷者の救護に向かうことになる。
『ギュオオオオオ!』
イヴェットの咆哮が闇夜を切り裂いた。
それに続き、他の竜たちもそれぞれに咆哮を上げた。
松明と篝火で照らされた領都を上から見下ろすと、こちらを見上げた人々が歓声を上げながら手を大きく振っているのが見えた。
竜騎士団の到着を今か今かと待ちわび、命を削りながら都を守っていた人々だ。
見たところ城壁は破られたような様子はない。
なんとか最悪の事態になる前に到着できたようだ。
竜たちは上空から一斉に魔物の群れに向けてブレスを吐いた。
炎や電撃、氷など各属性のブレスが降り注ぎ、無数の魔物たちの断末魔が響く。
私とノエはそれを聞きながら高度を下げ、領都の中の拓けた場所にふわりと着地した。
他の竜たちよりも明らかに小さな竜と、その背から飛び降りた明らかに騎士ではない小柄な女に、デュラクの人々は目を丸くした。
「私はジョゼ!竜騎士団のものです。領主様はどちらに!?」
探しに行くまでもなく、人垣をかきわけるように領主と思われる男性が表れた。
身長はあまり高くはないが、体の厚みがレアンドルの倍くらいあり、胴体部分だけを覆う金属製の鎧を身に着けている。
元は黒髪だったらしいほとんど白髪になった髪と、同じ色の髭が顔の下半分をもじゃもじゃと覆っていて、こんな状況だがなんだかユーモラスな印象だ。
「わ、儂が領主じゃ」
「デュラクの領主様。ジョゼと申します。これ、国王陛下からです」
私は懐に大事にしまっていた国王陛下の封蝋がついた手紙を差し出した。
そこに、竜騎士団の後発隊が運んでくる物資のことなどが書いてあるはずだ。
それから、私のことも。
「嬢ちゃん、治癒魔法が使えるのか?」
「はい。少しですが、薬も持ってきました」
私が背負っているバックパックには、エミールさんの選りすぐりの薬が詰め込んである。
こんな量では焼け石に水だとは思うが、ないよりはマシだ。
「ありがてぇ!おい!この嬢ちゃんを怪我人のところに案内しろ!」
負傷者は、領主の館だと思われる建物の広間に集められていた。
血と汗と、薬草の独特な臭いが混ざりあった酷い臭いで、一瞬吐き気がした。
あちこちで苦痛の呻き声が上がり、数人の医師や看護師が忙しく立ち働いている。
私はぐっと両手を握りしめて気合いを入れた。
レアンドルたちも城壁の外で魔物と戦っているのだ。
私はここで頑張らなくては。
「このあたりに、特に重傷のものがまとめて寝かせてあります」
「わかりました。これ、薬です。使ってください」
案内してくれた看護師に、バックパックをそのまま渡して、一番近くにいた重傷者の手にそっと触れた。
顔の上半分と、胸のあたりに包帯が巻きつけられていて、血を流しすぎたのか、その手はとても冷たい。
私は意識を集中して、慎重に治癒魔法をかけた。
私は医師ではないから、傷を見てもどう治療したらいいのかはわからない。
とにかく血を止めて、傷を塞ぐのだ。
そうすれば、失血死することはなくなるし、傷から悪い病気が入り込むことも防げる。
痛みもかなり軽減するから、精神的にも楽になるはずだ。
しばらくすると、浅かった呼吸が深くなり、ゆっくりと胸が上下するようになった。
これで傷はだいたい塞がったはずだ。もう大丈夫だろう。
もっと魔力を使えばもっと回復してあげられるのだが、今は他にも負傷者がたくさんいるので、一人だけに魔力をつぎこむわけにわいかない。
できるだけ多くの人を救うためには、魔力を節約しなくてはいけないのだ。
私は重傷者から順番に治癒魔法をかけていき、医師たちは私が持ってきた薬を有効活用しててきぱきと治療をすすめていった。
竜騎士団が参戦したことで、新たな負傷者が運び込まれてくることもなくなり、なんとかその場にいる負傷者全員を治癒または治療することができた時、私はほっとするあまり床に座り込んでしまった。
「ジョゼさん、でしたか。
あなたの治癒魔法は素晴らしいですな。
おかげで、多くの仲間が命を拾いました」
「お役に立てて、よかったです……」
領主様と同じように髭もじゃの医師に褒められ、私はなんとか少しだけ笑うことができた。
「後は、我々だけでなんとか対処できます。
しばらく休んでいてください」
「そうさせていただきます」
日頃の訓練のおかげで、治癒魔法を効率よく使えるようになったこともあり、まだ魔力は半分くらいは残っているが、無理をしてはいけない。
スタンピードはまだ終わってはいない。
まだ城壁の外には、レアンドルたち竜騎士団がいるのだ。
「キュルルル!キュルルルゥッ!」
『ジョゼ!ジョゼ!大変だよ!』
外からノエの声がした。
それと同時に、黒い鱗と、怪我をしたというイメージが心に伝わってきた。
黒い竜……ローランさんと契約している、マノンだ!
私は慌てて外に飛び出し、ノエに乗った。
「助けに行かなきゃ!ノエ、お願い!」
『はーい!行くよ!』
ノエは翼を大きく広げ、三日月が輝く空へと飛び立った。
後でおじ様やレアンドルたちに怒られるような気がするが、今はそんなことよりもマノンのところに行かなくては。
”あれ”
ノエが示した先を見ると、赤い炎が魔物を焼き払っているのが見えた。
マノンのブレスだ。
”魔力少ない。翼に怪我”
マノンは既にかなり魔力を消費しており、翼を負傷して飛べないため戦線離脱できないでいるようだ。
他の竜たちがいる位置からかなり離れたところにいるのは、おそらく後先考えずに魔物の群れに突っ込んで行ってしまったのだろう。
マノンに乗っているローランさんも果敢に剣を振るい魔法を放っているが、このままでは危ない。
幸い、このスタンピードには空を飛ぶような魔物はいない。
上空にいれば安全だ。
そして、私には秘策がある。
ノエにできるだけマノンたちに近づくように伝えて、意識を集中して右手の中に水魔法で水球をつくりだし、その中に治癒魔法を溶け込ませた。
ノエはマノンたちに向かって滑空し、私は手綱を握りしめて狙いを定め……
今だ!というタイミングで、水球をマノンに向かって放った。
通常、治癒魔法は触れていないと他者にかけることができないのだが、私は得意な水魔法と組み合わせて、治癒魔法を含む水球をぶつけることで、直接触れなくても治癒することができる。
毒に侵され死にかけていたリディを助けた時に、魔力切れを起こして動けなくなったことを反省し、私なりに訓練した結果、こういう方法を編み出したのだ。
私の拳くらいの大きさの水球はマノンの背中にあたって弾け、マノンの翼の傷は瞬く間に回復した。
『ジョゼ!ノエ!ありがとう!』
マノンは大きく尾を払って魔物を弾き飛ばし、翼を広げた。
襲いかかろうとする魔物を、私は攻撃魔法、ノエは氷のブレスをそれぞれ放って追い払い、マノンが飛び立つのを助けた。
ローランさんが手を振っている。
どうやらローランさんに怪我はなさそうだ。
マノンは他の竜たちが維持している戦線の少し後に降り立った。
あの位置なら、もう無茶はしないだろう。
それから私とノエは、一帯を飛び回って他の竜騎士と竜たちにも治癒魔法を飛ばして回り、城壁の上に配置されている弓兵たちの間に着地した。
ここからなら皆の状況がよく見えるし、危なくなりそうならすぐに援護に向かうこともできる。
イヴェットとブリュノとリディが大き目の魔物を集中的に潰し、他の竜たちはそこから漏れた魔物を狩っている。
普段から訓練している通りのスムーズな動きだ。
暗い中で、白いリディの巨体は他の竜たちよりもよく見えた。
リディは竜騎士団に加わってまだ日が浅いが、自分の役割をしっかりと理解しつつ、巨体を活かして奮闘している。
イヴェットに優るとも劣らない活躍ぶりだ。
その背に乗るレアンドルも頑張っているようだ。
「あんたも竜騎士なのかい?」
横から声をかけられて振り向くと、困惑と安堵と好奇心が入り混じった顔をした兵たち。
領主様と同じように身長低めで体が分厚く、髭がもじゃもじゃだ。
デュラク人の特徴なのだろう。
「私は竜騎士団に所属していますが、竜騎士ではありません。
治癒魔法が使えるので、お手伝いしているんです」
へぇ~とか、ほぉ~という声が上がった。
「あんたも王都から来たんだろ?
王都の女ってのは、やかましいのばかりかと思ってたが、あんたみたいなのもいるんだなぁ」
「そりゃおまえ、あれとこの嬢ちゃんを比べたらダメだろ。
あれは囚人なんだからな」
「嬢ちゃん、デュラクに嫁に来ないか?
あんたみたいな勇ましい女は、ここではモテモテだぞぉ!」
「ごめんなさい、私はもう結婚してますので」
え~という落胆の声が上がったが、とりあえずこんな冗談を言うくらいの余裕ができているのはいいことだ。
それにしても、ここには王都から来たやかましい女の囚人がいるのだろうか。
囚人なら私が会うこともないだろうと、この時は気にも止めなかった。




