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 フランセット・オクレールになる前。


 私は竜だった。


 フランセットの髪と同じ水色の鱗と藍色の瞳をした、竜だったのだ。


 私は長い間、一頭だけで自由気ままに暮らしていた。

 大きな翼で世界中を飛び回り、気に入った場所があればしばらく住みつき、飽きたらまた別の場所へと飛び去る。

 野生の竜とはそんなものだ。

 別にそれを不満だとか寂しいだとか思ったことはなかった。


 ある時、森の中で一人の少年に出会った。

 少年は私を見ても恐れることなく、そっと小さな手で私の鱗に触れ、その瞬間に私たちは友達になった。


 少年は山間の小さな国に住んでいた。

 豊かな国ではなかったが、人々はお互いに助け合い、労りあって穏やかに暮らしていた。

 少年は幼いころに家族を流行り病で亡くした孤児だったが、少年は飢えることも虐げられることもなく、他の子どもたちと同じように大切に育てられていた。


 私は少年を背にのせて空を飛んだ。

 少年と一緒に切り立った崖を登った先にある高原にだけ生えている薬草を採ったり、熊や狼など危険な動物や、たまに現れる魔物を狩ったりした。

 そんなことをしているうちに、私たちは英雄と呼ばれるようになった。


 花が咲く季節には、私の首にはいつも誰かが編んだ花輪がかけられていた。

 小さな女の子が、おやつにもらったという干した果物を私に食べさせてくれた。

 年に一度の祭りでは、私を中心に賑やかな踊りの輪が広がった。


 そんな私の傍らにはいつも少年がいて、私は一頭で暮らしていたころには知らなかった感情で胸が温かくなるのを感じていた。


 平和で美しい国だった。

 私たちは人々に愛され、少年も故郷を愛していた。


 少年とその国の人々により、私も”愛する”ということを学んだ。


 私も愛していた。少年と、少年を育んだ心優しい人々を。



 人間の成長は早い。

 少年は青年になり、剣と魔法を操る騎士になった。

 それでも私たちは常に一緒だった。

 

 ------私の愛しい子


 顔を寄せると、いつも優しく撫でてくれた。

 私に名前と、たくさんの愛情をくれた。


 私たちの魂は深く結びついていた。


 そんなある日、突然魔物が大量発生するスタンピードが起こったのだ。


 噎せ返るような血の匂い、魔物の唸り声、肉を引き裂く感触、肉が引き裂かれる感触。

 そして、あの子を失った時の、痛みと怒りと、悲しみと絶望。


 その全てを鮮明に覚えている。


 あの子の命が燃え尽きた後、魔物はあの子の遺体を貪り喰おうとした。

 もうブレスを吐く魔力も尽きていた私は、傷つき飛ぶことができなくなった翼で魔物を払いのけ、血だらけになった尾で弾き飛ばし、必死であの子を守った。

 動けなくなる寸前に、少しでも長く魔物から守れるようにと、あの子の上で蹲って力尽きた。


------私の愛しい子


 消えゆくあの子の温もりを感じながら目を閉じたのが、私の記憶の最後だった。


 



「信じていただけないかもしれませんが……婚約破棄と言われた直後に、今お話しした記憶が頭の中に溢れてきて……それで気を失ってしまいました」


 私は王弟殿下に全てを話した。

 頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、信じてくれる方に賭けたのだ。


 殿下の青紫の瞳は探るようにじっと私を見ている。


 私も目をそらさず、それを真正面から受け止めた。


「なんとも壮絶な話だが……竜たちが落ち着かないのは、きみが竜であった記憶を取り戻したから、ということなのか?」


「記憶と、おそらく魔力も関係しているかと」


 竜は離れていても、お互いの魔力を感知することができる。

 きっと竜たちは、私の魔力に反応しているのだ。


「そんなことあるのか……?

 だが、嘘だと断定する根拠もないし……こんな嘘をついたところで、なんの利点もないだろうし……」


 殿下は首を捻り、結論を出せないでいる。

 私の前世が竜だなんて、そんな話をあっさり信じてもらえるとは私も思っていない。


 だが、それなら。


「殿下、お願いがございます。

 私を竜がいる厩舎に連れて行っていただけませんか?

 竜に会えば、またなにかわかるかもしれません」


「うーん……それもそうかもしれないな……

 ここで悩んでいたって、どうしようもないよな。

 よし、行ってみるか!」


 さすがは竜騎士団長、決断が早い。


 いそいそと立ち上がった私に、殿下は左の肘を差し出すようにした。


 なに?と首を傾げる私に、殿下は眉を顰めた。


「エスコートだよ」


 ああ、なるほどこれがエスコートか、と殿下の腕に遠慮がちに手を置くと、


「マルスランのやつ、エスコートすらしなかったのか……」


 さらに第三王子殿下の評価が下がってしまった。

 だが、本当のことだからしかたがないと思う。


 それにしても、王弟殿下にエスコートしてもらえるなんて役得だ。

 

 私はウキウキしながら逞しい腕につかまって歩いた。

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