㉔ パトリック視点
甥である王太子の誕生日を祝う夜会を適当なところで抜け出し、遊び好きの未亡人を自室に連れ込もうとしていた時のことだった。
突如として王宮中に竜たちの咆哮が響き渡り、同時にイヴェットの意志が流れ込んできた。
”ここにいる!ここにいる!”
なにがいるのかわからないが、とにかく竜たちになにかが起こったのだ。
俺は未亡人を放り出し、厩舎へと全力疾走した。
厩舎には、他の竜騎士たちも集まってきていた。
「何事だ!?」
「わかりません……厩舎を見回ってみましたけど、特に異常はないようです」
俺の姿を見つけると、イヴェットが寄ってきた。
”連れてきて。ここにいる。近くにいる”
「連れてきてほしいヤツがいるのか?」
”連れてきて。会いたい。会いたい”
キュルキュルと鳴きながら訴えるが、具体的になにを連れてきてほしいのかがわからない。
竜と契約を交わすと、ある程度の意思疎通はできるようになるが、それにも限界があるのだ。
困惑し首を捻る俺たちだったが、夜会に出ていた竜騎士の一人が興味深いことを言い出した。
「第三王子殿下が、夜会の最中に婚約者に婚約破棄を言い渡したんです」
アホが!なんてことしやがったんだ!
「令嬢は第三王子殿下に縋りつこうとしたようですが、振り払われて床に倒れて、それから断末魔のような声を上げて気を失ってしまいました。
竜たちが騒ぎ出したのは、その直後なんですよ」
関係があるかどうかはわかりませんが……と言いながら、そいつは哀れな令嬢を思い出したのか眉を下げた。
竜のことも大事だが、マルスランの暴挙は王家の一大事だ。
因果関係は不明だとしても、その令嬢が竜たちが騒ぐ原因となっている可能性も捨てきれない。
俺は王族専用のサロンに走った。
そこでマルスランが叱責されているはずだ。
サロンには、俺以外の王族が全員そろっていた。
そして、オクレール公爵夫妻がいるのは、マルスランの婚約者がオクレール公爵家の長女だからだ。
怒髪天状態の王族と、慄いている公爵夫妻。
その間には、マルスランと、栗色の髪の令嬢。
あの令嬢は、オクレール公爵家の次女だったはずだ。
それがなんでマルスランの隣にいるんだ?
「だから!私とベアトリスが結婚し、公爵家を継げば全ての問題が解決するではありませんか!」
ベアトリスというのが次女の名前らしい。
「それでは、フランセットはどうなるのだ」
「あれでも一応は公爵家の令嬢なのですから、嫁ぎ先はすぐに見つかるでしょう。
無理なら修道院にでも入れたらいい」
マルスランは、自らの婚約者として長女と次女を入れ替えようとしているようだ。
それにしても、あれでも一応というのはどういうことだ?
フランセット・オクレールには俺も会ったことはあるが、珍しい水色の髪の大人しそうな令嬢だという印象しか覚えていない。
そんな言われ方をするような特徴があっただろうか?
「マルスラン……おまえは、あんな姿のフランセットを見て、なんとも思わなかったのか」
「みすぼらしいと思いましたよ。私の結婚相手には相応しくないことは明らかです」
みすぼらしい?公爵令嬢が?
堂々とそんなことを言うマルスランに、王族側は揃って頭を抱えた。
「なにを言っている!
ガリガリに痩せて、手はあかぎれだらけで、あんなボロ布のようなドレスを着せられて!みすぼらしくなるように仕向けられていたのがわからなかったというのか!」
「最後にフランセットに会ったのは、いつだったかしら……
可愛らしい娘だったのに。
まさか、公爵家の令嬢が虐待されてるなんて思ってもみなかったわ」
兄上はマルスランを叱責し、義姉上は嘆いた。
「そんな、虐待など」
なにか言い訳しようとしたらしい公爵を、義姉上はぎりっと睨んだ。
「フランセットがあのドレスを自分で選んだというの!?
手のあかぎれは、どうやってできたのかしら!?
そこにいる娘とは大きな差があるようだけれど、どういうことか説明してくださる?」
ベアトリスは髪も肌も丁寧に手入れされていて、マルスランの瞳の色の豪華なドレスに身を包んでいる。
もちろん手にはあかぎれなどなく、絵に描いたような高位貴族の令嬢だ。
「王子の婚約者を虐げるということは、王家に反目する意志でもあるということなのかしら?」
「と、とんでもございません!」
義姉上に睨まれ、公爵夫妻は冷や汗だらけだ。
「あんな姿の娘を夜会に連れ出すなど、どういう神経をしているのだ。
娘を虐げているということを宣伝しているようなものではないか。
家門の恥になるとは思わなかったのか」
冷静な王太子の言葉に、公爵家の三人は顔色を悪くした。
どんな姿なのか俺は見ていないのでわからないが、よほど酷かったのだろう。
そういえば、その令嬢のことを話していた竜騎士も、気の毒そうな顔をしていた。
「……娘のことは、使用人に任せてありましたので」
「だからなにも知らなかったとでも?
聞くところによると、フランセットが夜会に出るのは今夜が初めてだったようだが」
「今回の夜会には、どうしてもフランセットを連れてくるようにとマルスラン殿下からの命を受けまして、それで」
家族から鋭い視線を向けられ、さすがのマルスランも顔色が悪くなった。
「どういうことだ」
兄上の低い声に、マルスランがおどおどと視線をさまよわせた。
「私は、最初からあんな魔力の少ない、妙な髪の色の女との婚約が嫌でした。
それだけでなく、私に会っても笑顔も見せないような陰気な女なのですよ。
とても公爵夫人としての務めが果たせるとは思えません。
誰も幸せになれない婚約を破棄するためには、フランセットが私に相応しくないということを、家臣たちの前で証明するしかないと思ったのです」
「そんな理由で……」
「それに、ベアトリスを見てください!
魔力も豊富で、完璧な淑女です。
ベアトリスこそ、私の伴侶に相応しいとは思われませんか」
そうか?底意地の悪さが顔に表れていると思うが?
だいたい、こんな状況なのになんで笑っていられるのだ?
どういうつもりでマルスランにしなだれかかっているのだ?
これが完璧な淑女とは、マルスランの目は曇りすぎだろう。
「そうですわ。
姉と違い、私は魔力が豊富なのです。
オクレール公爵となるマルスラン様をお支えするには」
「黙れ!」
兄上の一喝に、鼻持ちならないベアトリスも口を閉ざした。
「マルスラン。おまえは謹慎だ。
オクレール公爵家には立ち入り調査をする。
王族の婚約者であるフランセットがどう扱われていたのかを明らかにしなくてはならない。
それが済むまで、公爵一家は王宮の一室に軟禁とする」
「そんな!」
ベアトリスは性懲りもなく悲鳴のような声を上げた。
「あんな出来損ないのために、そこまでなさる必要があるのですか!?」
兄上はゴミでも見るような目でベアトリスを見た。
「ベアトリスと言ったか。おまえは、頭の中が出来損ないのようだな。
いくら魔力が豊富だろうと、出来損ないと王子の婚約など認められない」
「父上!」
マルスランがなにか言い募ろうとしたが、兄上が手を振って合図を送った騎士たちに取り押さえられ、サロンから連れ出されていった。
公爵一家も同じように騎士に連行され、マルスランとベアトリスはお互いの名を呼びながら引き裂かれる恋人たちを演じ、俺たちはそれを白けた思いで見送った。
「……はぁ、まったくなんてことをしてくれたのだ……」
疲れた顔で兄上が頭を抱えた。
「上の二人が優秀だったから、同じように育てればマルスランも優秀に育つと思い込んでいたのね。
甘かったわね……もっと気にかけてあげるべきだった。
フランセットには可哀想なことをしてしまったわ……」
義姉上もなんだか一気に老け込んだようになってしまった。
王太子である第一王子と、二歳下の第二王子は理想的な王族だ。
どちらも頭脳明晰で、体も頑丈で、思慮深く責任感が強く、側近たちにも慕われている。
少年時代はある程度やんちゃなこともしていたようだが、大きな問題を起こしたことはない。
二人の兄がそんなだから、年の離れた末っ子第三王子であるマルスランに関して特に素行に注意してはいなかったのが裏目に出てしまった。
これは、俺も含めて王族全体の責任だ。
「叔父上、竜たちが騒いでいたようですが」
「ああ、厩舎に行ってみたが、特に変わったことはなさそうだった。
イヴェットがなにかを連れてこいと言うのだが、なんのことなのかはまだ不明だ。
それはそうと、竜が騒ぎ出したのは、フランセットが倒れた直後らしいな」
「はい、そうらしいですね。なにか関係あるのでしょうか」
「それも不明だ。フランセットはどうしている?」
「客室に運んで、医師の診察を受けています。
オクレール公爵家に戻すわけにはいきませんので、しばらく王宮で預かることになるでしょう」
「そうだろうな……」
確かに、オクレール公爵家には戻せない。
フランセットが虐げられたのはマルスランのせいでもあるのだから、ここは我々王族が責任をもって世話をしてやるべきだろう。
「どうでしょう、フランセットの身元は俺が引き受けるというのは」
俺はしばらく考えてから、兄上に提案した。
「それは……おまえがマルスランの代わりにフランセットと結婚するということか?」
「まさか!そんなことしませんよ。
俺が後見人になって、面倒を見るという意味です。
ギリギリ親子といえるくらいの年齢差もありますし、身分的にも俺がちょうどいいでしょう。
それに、竜とフランセットになにか関係があるのだとすれば、やはり竜騎士団長の俺が面倒をみるのが妥当です。
もちろん、フランセット本人がそれを望むなら、ですが」
しばらく全員で思案し、結局その提案が採用されることになった。




