㉓
私たちがメサジュから王都に戻った三日後、レアンドルと白い巨竜が契約を交わすことになった。
竜騎士団のほぼ全員と、国王陛下を始めとした王族が固唾をのんで見守る中、やっと飛べるくらいまで回復した白い竜にレアンドルは歩み寄った。
白い竜はアメジストのような瞳でレアンドルをじっと見つめ、それからっゆっくりと顔を近づけた。
レアンドルは手を伸ばし、真珠のような白い鱗に触れた。
「俺は、レアンドル・バローという。アングラードの竜騎士だ。
俺の相棒になってくれねぇか」
『喜んで。私の背に乗ることを許します』
白い竜の魔力がレアンドルをふわりと包み込み、二種類の魔力が混ざり合うのがわかった。
レアンドルの赤い瞳が見開かれた。
「わかる……この竜の気持ちが、伝わってくる……契約成功だ!」
レアンドルは満面の笑みを浮かべて白い竜の首に抱きつき、見守っていた人々は歓声を上げ、私は万感の思いで涙ぐんだ。
よかった。レアンドルは、これで本物の竜騎士になれたのだ。
もう誰も、半端者なんて呼ぶことはできない。
よかった……本当によかった……
涙を堪える私に、水色の幼竜がトコトコと近寄ってきた。
「ん?どうしたの?」
母親と同じ紫の瞳をキラキラと輝かせる可愛らしい竜を、いつものように撫でた瞬間、
「え?えええ??」
幼い竜の魔力が私を包み、魔力が混ざり合って……
いたずら大成功!という気持ちが心に直接伝わってきた。
「嘘でしょ!?」
『嘘じゃないよ!僕、お姉ちゃんがほしかったんだ』
「お姉ちゃんっていったって……私は人間なのに」
予想外のことにオロオロする私に、おじ様が気が付いた。
「ジョゼ?どうかしたのか?」
「おじ様……私、この子と契約してしまいました」
これには集まっていた人間一同は揃ってひっくり返るくらい驚いた。
その一方で、竜たちは「やっぱりね」くらいの反応だった。
白い母竜はリディ、水色の息子竜はノエと名付けられた。
本来、竜と契約するのは竜騎士になり得る騎士に限られるのに、私がノエに選ばれてしまったことに皆が困惑した。
だが、ノエの意志を覆すことなどできないし、それ以前にノエはまだ幼く、成人男性を乗せて飛ぶのは負担が大きすぎるので、私が契約しても問題ないだろうという結論になったそうだ。
こうして二頭の新しい竜はそれぞれ人間と契約を交わし、竜騎士志願者たちも落ち着きを取り戻した。
それはいいのだが、私は竜と契約したことでさらに注目を集めることになり、レアンドルがなんだかピリピリするようになってしまった。
関係が深まったことで、さらに心配性に磨きがかかってしまったようだ。
私は浮気なんてするつもりはないし、自分の身くらい守れるのに、
「そういう問題じゃねぇんだよ。いいから、一人でふらふら出歩くなよ」
と渋い顔で念を押されてしまった。
それから、竜のお披露目に向けての準備をしていると、あっという間にお披露目当日になった。
リディとノエはそれぞれレアンドルと私を乗せて、王都の上空をゆっくりと旋回していた。
王宮から光の玉が打ち上げられ、パンと軽い音を立てて弾けた。
おじ様からの合図だ。
こちらを振り返ったレアンドルに、大きく手を振って見せた。
「ノエ!お願いね!」
『任せといて!』
キュルルルッと元気な声を上げて、リディに続いてノエは高度を下げ、王宮へと降下していった。
前日のリハーサル通り、二頭の竜は庭園の中央にふわりと着地した。
真珠色の鱗がきらきらと輝くリディは、イヴェットに匹敵するくらいの巨竜だ。
水色のノエはまだ小さいが、つぶらな瞳が可愛らしい。
集まっていた人々はそれぞれに歓声を上げ、新たな竜の母子を歓迎した。
リディからひらりとレアンドルが飛び降りた。
今日のレアンドルは、礼装用の軍服を着ている。
黒地なのは普段の軍服と同じだが、袖には水色と銀の糸で刺繍が施してあり、アクアマリンの飾りボタンがつけられている。
装飾が水色なのは、前世の私に因んでのものだそうだ。
今の私の髪も同じ色なので、なんだか私とレアンドルのためにデザインされた軍服のように見える。
「ほら、おいで」
ノエに乗っていた私を、レアンドルはひょいと抱え上げた。
私は竜騎士団で働いていて竜と契約をしてはいるが、竜騎士ではないので礼装用の軍服までは支給されていない。
というわけで、今日はドレスで着飾っている。
ドレスの色は、黒一色。
これは竜騎士団の色でもあり、レアンドルの髪の色でもある。
光沢のあるシルクとレースをふんだんにつかってあるので、間違っても喪服のようには見えない。
フランセットだった時を含めて、私が今まで着た中では一番豪華で高価なドレスだ。
それから、真っ赤なルビーのネックレスとイヤリングのセット。
これもレアンドルの色だ。
ドレスもアクセサリーも、手配をしたのはおじ様だが、支払いはレアンドルだと聞かされている。
私も報奨金などでかなり貯金があるのだから、いくらか払うと申し出たのに、却下されてしまった。
これくらいは婚約者への贈り物としては普通なのだそうだ。
フランセットだった時は第三王子殿下と婚約していたわけだが、贈り物なんて貰ったことがなかったので、いまいち基準がよくわからない。
レアンドルが私を地面に降ろすと、黒いドレープがふわりと広がった。
重くはあるが、仕立てがいいので動きにくくはない。
そのままレアンドルにエスコートされて、国王陛下の前に進み出た。
私たちが並んで跪くと、陛下はよく通る声で、リディとレアンドルが、ノエと私が契約を交わしたことを宣言した。
それから、瑕疵のない竜騎士となったレアンドルには騎士爵が授与された。
私とレアンドルの婚約も正式に発表され、お互いの色を纏って寄り添う私たちは祝福の拍手に包まれた。
これでレアンドルのピリピリも治まることだろう。
私も、大好きなレアンドルと婚約できて嬉しい。
陛下の宣言が終わると、立食パーティに移った。
実は、ここからが私的には本番なのだ。
「レアンドル……私、大丈夫かな」
緊張する私の腰を、レアンドルが抱き寄せた。
「大丈夫だ。堂々としてろ。俺から離れるなよ」
この会場には、レアンドルの両親も来ていて、今日ここで私は初対面することになっているのだ。
レアンドルは事前に手紙で私と婚約することと、実家の爵位は継がないことを伝えたそうだが、それに対してどのような返事が来たのかは私には知らされていない。
私たちはひっきりなしに話しかけられ、多くの賛辞と祝福の言葉をもらった。
たまに含みのある視線を向けてくる令嬢がいるのは、レアンドルがそれだけ人気だからなのだろう。
こんなこともあるだろうと、事前に友達から忠告されていたので、やっぱりねって思っただけで放置した。
遠くから睨むくらいなら害もないので、特になにかをする必要もない。
そしてついに、レアンドルの両親であるバロー伯爵夫妻がやってきた。
フランセットだった時は、両親から冷たくされた記憶しかない。
レアンドルも家族とは関係がよくないと聞いている。
できれば穏便に挨拶を済ませたいところだ。
こんなところで騒ぎを起こすようなことにはならないと思うが、どうだろうか。
初めて会ったバロー伯爵はレアンドルと同じ黒髪をしていて、優し気というか覇気がなさそうな印象だ。
どちらかといえば夫人の方が芯が強そうで、レアンドルと目元がそっくりだ。
「父上、母上。お久しぶりです」
「久しぶりだな……その……竜との契約、おめでとう」
「ありがとうございます」
無表情なレアンドルに、気まずそうに眉を下げるバロー伯爵。
「こちらが、手紙でお伝えしたジョゼです」
「初めまして。ジョゼと申します」
私はにっこり笑ってカーテシーをした。
一応公爵令嬢だったフランセットが学んだ礼儀作法が、久しぶりに役に立った。
「初めまして、ジョゼさん。
レアンドルの父の、エクトル・バローです。
きみのことは……なんと言うか、いろいろと話を聞いています」
「初めまして。母のカロリーヌです。
噂通り、可愛らしいお嬢さんだわ」
なんと言われるか身構えていた私だが、意外と好意的な反応で拍子抜けしてしまった。
「レアンドル、一度ジョゼさんを我が家に連れて来なさい」
「なぜです」
「ゆっくり話をしたいからに決まっているでしょう。
あなたも、最後に帰ってきたのはもう何年も前じゃないの。
たまには顔くらい見せに来なさい」
「今見せているではありませんか」
「そういうことを言っているのではありません!」
「俺は家を継ぎませんから、家に帰る意味がありません」
どうやら伯爵夫妻は歩み寄ろうとしているようだが、レアンドルは頑な態度を崩さない。
「あの!」
険悪になりそうな空気を破るため、私は声を上げた。
「私たちの婚約について、どう思っておられますか?」
伯爵が聞いたという私に関するいろいろな話の中には、悪評もあったはずだ。
男だらけの竜騎士団の中で奔放に遊んでいる、みたいな噂を流されたことも知っている。
複雑な立場の平民女なんて、伯爵家嫡男の妻には相応しくないと言われてもおかしくない。
「実力で竜騎士にまでなった息子が選んだ相手です。反対などしません。
私と息子は、少々関係が拗れてしまいましたが……息子には幸せになってほしいと思っています」
「そのためにもね、ジョゼさん、あなたの為人を知りたいのよ。
せっかくの縁なのだもの、仲良くなりたいわ」
私も、できればレアンドルの家族とはいい関係を築きたいと思っている。
バロー伯爵夫妻がレアンドルに向ける視線には、確かな愛情があるように見える。
「では後日、レアンドルと二人で伺わせていただきます」
「おい、ジョゼ」
「お願い、レアンドル。一度だけチャンスをあげて。
私の方の家族とは、もう仲良くなんてできないんだから」
フランセットの家族がどうなったかは、レアンドルも知っている。
「……はぁ、わかったよ。しかたねぇな」
渋々ながらレアンドルは了承してくれて、伯爵夫妻は嬉しそうな顔になった。
日程は後日調整するとして、伯爵夫妻は去って行った。
その後、ノエに触ってみたいという令嬢に話しかけられ、翼に触らせてあげるととても喜ばれた。
それを見た他の令嬢も竜に触ってみたいと集まってきて、ノエの周りには華やかな人だかりができた。
リディは美しいがとても大きいので、まだ幼体のノエの方が令嬢には人気なようだ。
ノエもノエで、様々な色のドレスが珍しいようで、鼻先で令嬢のリボンをつついたりしていた。
『ジョゼ!僕、人気者だね!』
「そうね。ノエは可愛くていい子だものね」
リディの方も、物珍し気に人間たちを見まわしている。
数百年は生きているであろうリディも、これだけ多くの人間に囲まれたのは初めてなはずだ。
リディもノエも、それぞれにお披露目会を楽しんでいるようだ。
こうしてお披露目は無事に終わり、私とレアンドルは正式な婚約者となった。
レアンドルだけは最後まで少し不機嫌だった。




