㉒
求婚を受け入れたのだから、てっきり連れ込み宿にでも行くのだと思っていたのだが、
「なに言ってんだよ!行かねぇよ!
まずは、団長に筋を通すのが先だろ!」
と、怒られてしまった。
野性的な見た目に反し、レアンドルは慎重派なのだ。
そのまま竜騎士団に戻り、おじ様に婚約すると伝えると、とても喜ばれた。
それから、レアンドルと白い竜が契約できることも伝えると、飛び上がって喜ばれた。
飛び上がったおじ様は、そのままの勢いで陛下に報告に行き、手を取り合って喜んだ二人はその場で来月新しい竜のお披露目をすることを決定した。
ついでに私とレアンドルの婚約も発表すれば、私にちょっかいをかけてくる男もいなくなるだろうということで一石二鳥!なのだそうだ。
と、いうことは。
そのお披露目までに、レアンドルは竜と契約しないといけないわけで……
いつ?どのタイミングで?と思っていたら、おじ様にこんな提案をされた。
「ジョゼもレアンドルも、よく働いてくれた。
そんな二人に休暇をやろう!
どこか旅行にでも行くといい。
行きたいところがあるなら、竜で送ってやるからな」
竜に乗れば、王都から一番遠いところでもアングラード国内なら一日以内で着いてしまう。
こんなことができるのも、竜騎士の特権なのだ。
「それなら……メサジュに行ってみたいわ」
メサジュは前世の私がロイクと暮らし、命を賭して守った小国で、今はアングラードに併合されている。
あれから約三百年。
思い出深い山間の都市は、今はどうなっているのだろうか。
「メサジュか。悪くねぇな。俺も一度は行ってみたいと思ってたんだ」
休暇は五日間ということになった。
初日と最終日は移動に時間をとられるので、メサジュに滞在するのは三泊四日ということになる。
「あ!あの稜線、見覚えがあるわ!」
休暇初日、私はレアンドルに抱きかかえられてアシルに乗り、メサジュを目指していた。
三百年経っても、山の形は変わっていないようだ。
「あれを越えたら、メサジュはもうすぐのはずよ」
「ああ、本当だ。見えてきたな」
山とその間を流れる川に囲まれた、美しい小都市。
前世の私がロイクを乗せて何度も見た光景だ。
上空から見る限り、城壁などの形は以前のままのようだ。
懐かしさが胸にこみ上げてきて、レアンドルの背中に回している腕にぎゅっと力をこめた。
アシルはメサジュから少し離れたところで私たちを降ろし、『狩りをしながら帰る』と言って飛び去った。
四日後にまた迎えに来てもらうことになっている。
それまで、私とレアンドルの二人だけだ。
「それじゃ、行こうか」
「ええ!」
私はレアンドルに手を引かれ、弾むような足取りで歩き出した。
「わぁ!城門も城壁も、あの頃とおなじだわ!」
「へぇ、かなり頑丈そうだ。これのおかげで、三百年前も助かったらしいな」
前世の私が死んだ後、この城壁の外に魔物が押し寄せたが、堅牢な城壁はアングラードからの援軍が到着するまで持ちこたえ、メサジュの人々を守り通したのだ。
かつてはロイクと一緒にくぐった城門を、レアンドルと手をつないでくぐった。
その先には、城壁と同じ古い石造りの街並みが広がっていた。
これも三百年前と大きく変わってはいない。
ただ、あの頃の私の目線は家の屋根くらいだったのに、今は普通の人間と同じなので、それが不思議な感じがする。
「まずは、宿を決めよう。観て回るのはそれからだ」
私は旅行をするのは初めてだが、遠征に幾度となく行っていたレアンドルはこういう事にも慣れている。
さっさと宿を決めて、三泊分の代金を前払いしてしまった。
よくわからないけど、それなりに高級な宿なんだと思う。
まだ婚約したばかりなのに、「妻と二人で泊まるから」と宿屋の受付嬢に言うレアンドルに、私はひっそりと照れてしまった。
「この通りの先にね、広場があったの。
天気がいい日は、よくそこでお昼寝してたのよ」
かつての記憶を頼りにメサジュを歩く。
私は夜はお城の中の厩舎で休んでいたが、昼間はロイクと一緒に人々の間で過ごすことが多かった。
ごろりと横になった私の背中に、小さな子供がよじ登って遊んだりしていたものだ。
果たして、広場は私の記憶の通りにあった。
そして、その広場の中央の、私がお昼寝をしていた場所には、当時はなかったものがあった。
首に花輪を掛け大きく翼を広げた竜と、その背に跨る青年の石像だ。
「ロイク……」
ふらふらと近寄って、石像に触れた。
この石像はロイクとジョゼの慰霊碑であり墓標でもある。
石像の下に、僅かに見つかったふたりの遺体が埋葬されているのだそうだ。
「ロイクってこんな顔してたのか?」
「ええ、似てるわ。見て、私の鱗の首飾りまでつけてる。
ロイクをよく知ってる人が造ったんでしょうね。
懐かしい……でも、やっぱりレアンドルとはあんまり似てないわね」
「俺の方がいい男だろ?」
ニヤリと笑うレアンドルに、私は苦笑した。
「あの頃は、人間の顔の美醜ってよくわからなかったのよ。だって、竜だったから」
「そうかよ……」
「やだ、拗ねないで。私、レアンドルのことはいい男だって思ってるわよ?
でも、顔だけでレアンドルのことが好きになったわけじゃないのよ」
「わかってるよ。俺だってそうだよ」
私はレアンドルの大きな手をぎゅっと握った。
「頑張ったのよ、私もロイクも。
メサジュに古いものがたくさん残ってるのは、私たちが頑張ったからだわ。
それが、やっと今実感できた。
私はロイクのことは守れなかったけど、ロイクの大切なものは守ることができたのね」
「俺にはロイクの記憶はねぇが、ロイクは後悔なんかしてねぇと思うよ。
あんたと一緒にここを守れてよかったって、そう思ってたはずだ」
「そうね。私も、そう思うわ。そう思えるようになったわ……」
心の底で、私はロイクを守れなかったことをずっと悔やんでいた。
どうやらそれも終わりにできそうだ。
今の私の隣にはレアンドルがいる。
これからは人間の伴侶として、レアンドルと一緒に生きていくのだ。
その後、食事のために立ち寄ったレストランで聞いたことによると、今でも年に一度のお祭りの際は、あの石像を中心に輪になって踊るのが伝統なのだそうだ。
「その時に、またここに来たいわ」
「そうしよう。次は新婚旅行だな」
平気な顔でそんなことを言うレアンドルに、私はまた照れてしまった。
そしてその夜。
レアンドルは、無事に竜と契約ができる状態へと戻った。
一瞬だけ魔力が繋がったような感覚があったから、間違いない。
こうして私たちは本来の目的も果たし、観光もしてお土産もたくさん買って、休暇を最大限に堪能して王都へと戻った。




