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 それから数日後。


 やっと私と会話ができるところまで白い竜は回復をしていた。


『私たちを助けてくれてありがとうございました』


「いいのよ。アングラードの人間は、竜が大好きなんだから」


『そのようですね。

 竜と人間がこのような形で共存できるとは、驚きです』


 白い竜の脇腹にあった黒いシミは、今はそのほとんどが剥がれ落ちていて、残っている部分も色が薄くなり灰色っぽくなっている。

 水色の竜の方は、尻尾の先に少し毒がかかっただけだったので、既に黒いシミは全て剥がれ、そこに新しい鱗が生え始めている。


『あなたは、前世で竜だった記憶があるそうですね』


「そうなの。だからこうやって竜と会話ができるのよ」


『私も長い間生きてきましたが、あなたのような人間は初めて見ました。

 なんとも興味深い』


 白い竜の瞳はアメジストのような紫の瞳で私を見つめた。


『私たちは、あなたたちに命を救われました。

 その恩に報いるため、私たちはここにしばらく留まり、竜騎士団に協力することにしました』


「いいの!?」


『はい。息子にとっても、ここはいい環境です。

 私からだけでなく、他の竜からも多くのことを学ぶことができますから。

 野生ではこんなにたくさんの竜に触れ合うことはできません』


 竜は基本的には、番か親子しか一緒に暮らすことはない。

 竜騎士団の竜はイヴェットとブリュノを中心とした群れのようになっているが、これはとても稀なことなのだ。

 ここにいる竜たちは人間が好きなだけでなく、面倒見がいい性格をしているものばかりなので、まだ幼い水色の竜の成長にはいい環境と言えるのかもしれない。

 既に一番年齢が近いコラリーの弟分のような感じで可愛がられているようだ。


『あなたがいつも一緒にいる黒髪の雄も、私たちを助けるために尽力してくれたそうですね。

 どうやら私は、あの雄と契約ができるようなのです。

 私たちは、あなたと黒髪の雄が生きている間は、ここに留まると約束しましょう』


 私は息をのんだ。


 この白い大きな竜が……レアンドルと契約できるって!?


 それが叶うなら、ついにレアンドルはなんの瑕疵もない竜騎士になれる。

 もう半端者なんて言われることはなくなるのだ。


 こんなに嬉しいことはない!


「ありがとう!本当にありがとう!」


 思わず白い竜に飛びつきそうになり、まだ治療中であることを思い出してなんとか踏みとどまった。


『姉さん!よかったわね!早速レアンドルに教えてあげなきゃ!』


「そうね!レアンドルはどこかしら」


『その前に、別の問題があるだろう。そっちは大丈夫なのか?』


 ブリュノの冷静な声に、私はぴたりと動きを止めた。


 そうだった……

 レアンドルは、今のままでは竜と契約できないのだ。


『ジョゼ、白い竜は回復にまだ時間がかかる。

 今契約しても飛ぶことすらできない。

 まずはレアンドルに事情を説明して、話し合ってみなさい』


 都合のいいことに、明日はデートの日だ。

 レアンドルは私をどこかに連れて行くつもりなようだが、その前にこのことを話さなくてはいけないだろう。


 


「ジョゼ?どうした?」


「……レアンドルを、待ってたの」


 暗くなりかけている厩舎の前で、私はレアンドルを捕まえた。

 一緒に警邏から帰ってきた竜騎士たちはなにかを察したらしく、気を利かせて足早に去って行った。


「なにかあったのか?」


「あ……あのね……」


 私はもじもじしながら俯いた。

 前は「シましょう!」と簡単に言えたのに、今はそれができなくなってしまった。

 

 その理由は、自分でもよくわかっている。


「……あの白い竜と今日話をしたんだけど……レアンドルと契約できるって言ってるの」


「なに!?」


 レアンドルの顔にぱっと喜色が広がり、それからすぐに難しい顔になった。


「私たちに命を救われた恩返しのために、竜騎士団に残ってくれるんだって。

 まだ回復に時間かかるし、今すぐ契約しなくてもいいってブリュノが言ってるけど……」


 私たちの間に沈黙が落ちた。


 どうしよう。

 レアンドルがなにを考えているのかわからない。

 それがなんだか、とても怖い。

 私が聞きたくない言葉がレアンドルの口から飛び出したら、私はどうすればいいのだろう。

 せめて、ハンカチの刺繍が完成していればよかったのに。


「あー……ジョゼ。その……」


 レアンドルが困った顔をしている。

 やっぱり、私にそういう意味で触れるのは嫌なのだろうか。

 以前に比べるととても親しくなったけど、私ではダメなのかもしれない。


 そう思うと涙が零れそうになった。


「明日は……予定通りデートするぞ」


 私は首を傾げた。


「……それでいいの?」


「もしかして、今夜これからって思ってたのか?そんなことしねぇよ。

 俺にだって心の準備とか、そういうのがいるんだよ。

 明日、また朝から迎えに行くからな」


「……わかったわ」


 男性の心理はよくわからないが、一晩もあれば心の準備には十分なのではないだろうか。


 城下町には連れ込み宿というのがあると聞いたことがある。

 明日のデートは、きっとそういうところに連れて行かれるのだ。


 と、思っていたのだが。


 翌日、緊張しながらレアンドルに手を引かれて歩いていくと、着いたのは最初にデートをした時計台がある公園だった。

 あれから季節が変わったので、今はあの時とは違う種類の花が咲いている。


 なんでここに連れてこられたのかわからず、頭の中に疑問符が飛び交っているが、レアンドルは迷いなく歩いているので、ひたすらそれについていく。

 前回訪れた時もそうだったが、恋人同士だと思われる男女がたくさんいる。

 ここは相変わらずデートスポットとして人気なようだ。


 レアンドルがやっと足を止めたのは、公園の奥のあまり人気がないところにひっそりと置かれている女神像の前だった。

 

「前に、恋愛小説貸してくれたことがあったよな。内容覚えてるか?」


「ええ、だいたいのところは」


 ヒーローのことをナヨナヨした騎士団長とレアンドルが言っていた、あの小説のことだ。

 

「あれの中で、騎士が主人公に女神像の前で永遠の愛を誓う場面があっただろ」

 

 あった。

 その場面があの小説の中で一番ドラマチックな場面だと、友人たちと盛り上がったものだ。


 私を見下ろすレアンドルの赤い瞳には緊張の色がある。


「ジョゼ……俺は、あんたを愛してる」


 私は思わず息をのみ、喉がひゅっと音をたてた。


「初めて会った時から、可愛いと思ってた。

 あんたのことを知れば知るほど、好きになって……

 こんなことは俺も初めてで、臆病になっちまった。

 あんたを傷つけるのも、あんたに拒絶されるのも怖くて、どうしてもあと一歩が踏み出せなかったんだ。

 だが、この前あんたがトリスタンに絡まれただろ。

 あの時、あんたを誰にも渡したくねぇって強く思った。

 俺は、竜とか契約とか関係なく、あんたを抱きたいんだ」

 

 レアンドルの大きな手が私の頬に触れた。


「俺のものにするために、あんたを抱きたい。

 それくらい、あんたを愛している。

 信じてくれるか?」


 それは、私が聞きたいと思っていた言葉だった。

 

「信じるわ……レアンドルは、こんな嘘つかないもの」


「なら、教えてくれ。あんたは、俺のことをどう思ってる?」


「……私ね、前は簡単にシしましょうって言ってたでしょ?

 でも、昨日はそれを言えなかったの。

 だって……契約のためだけに、そういうことをするって言われたら、すごく悲しくなるだろうなって思って……私も、怖かったの」


 頬に触れているレアンドルの手に自分の手を重ねた。


「レアンドルのことを思うと、心の中が温かくなるの。

 おじ様やガエルさんたちや、寮の友達とも違う、ポカポカした気持ちになるの。

 きっと、これが愛なんだと思う。

 私も、レアンドルを愛してるんだわ」


 そう言い終わった瞬間に、レアンドルの逞しい腕に抱きしめられた。


「ずっと好きだった。ずっと愛してた。

 ずっと、抱きたいって思ってた。

 体だけじゃなく心まで、あんたの全部がほしいんだ。

 あんたも、同じように俺のことを思ってるってことでいいんだな?」


 私は広い胸に顔を埋めたまま頷いた。


「ジョゼ……こうして心が通じたからには、俺はもうあんたを離せない」


「離さないで……私はもう竜じゃないけど、今世でもあなたと繋がっていたいの」


「俺も同じ気持ちだよ。

 俺たちは、人間同士だからこそできる契約をしよう。

 ジョゼ。俺と結婚してくれ」


「え……」


 私はまた息をのんだ。

 

 レアンドルのことは大好きだが、そこまでは考えていなかったのだ。

 それに、仲が冷え切ったフランセットの両親のことしか知らない私には、結婚生活というのが想像できない。

 レアンドルと私なら、幸せに暮らしていけるのだろうか。


 だがその前に、大きな問題がある。


「私は、今は平民よ?レアンドルは、伯爵家の嫡男なんでしょ?

 結婚なんてできるの?」


 私は第三王子殿下と婚約破棄をした後、オクレール公爵家からも正式に籍を抜いた。

 おじ様の後ろ盾があるにしても、今の私はただの平民なのだ。

 

「できるよ。

 俺は伯爵家の嫡男ではあるが、家を継ぐ気はねぇ。

 姉のところに子供が三人もいるから、実家はそのうちの一人にでも継がせればいい」


「そ、それでいいの……?」


「俺が竜騎士団に採用された時、いろいろとあってな。

 実家とはほとんど縁を切ってるんだ。

 誰にも文句は言わせねぇよ」


 レアンドルから家の話を聞くのは初めてだった。

 レアンドルもレアンドルで、苦労した過去があるようだ。


「家のことも身分も、なにも心配することはねぇ。

 俺はもう、あんたじゃないとダメなんだ。

 これから一生、大事にすると誓う。

 だから、俺と結婚してくれ」

 

 レアンドルの赤い瞳が私を見下ろしている。

 そこにあるのは……これは、きっと愛情の光なのだ。


 私ももう、レアンドルじゃないとダメだ。

 他の男性を愛することなど、きっともう無理なのだから。


「私……レアンドルと結婚するわ。

 それで、今度こそずっと一緒にいるわ」


「ジョゼ……!」


 レアンドルの顔がぱっと輝いて、それから温かな手がまた私の頬に触れた。

 

 私たちの顔が近づいて、そっと唇が触れ合った。


 

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